ノンフィクションをフィクションに
「実は小説のベースになっているのは実話なんです」インタビュー冒頭での言葉に、その場にいた私たちは言葉を失った。司法書士としても仕事をしている安田さんが、実際に経験した依頼人と介護施設との関係をモチーフに物語は作られたという。
「もちろん、登場人物や施設などは小説として面白いように変えていますが、介護施設に入居したことで、財産や生きる力、すべてを奪われたというベースの話はあります。この物語を読んで、“ありそうな話だなぁ”と思っていただけたら、ありがたい。多くの方々に、『これは実際にあった話をモチーフにしている』と伝えることも私の使命です」
安田さんは当時、問題に気づきながらも、司法書士という立場上、きちんと踏み込むことをしなかった自分の贖罪の意味も込めて、この物語に向かったという。
「被害にあわれた依頼人の姪御さんから、問題を告発したいと相談されて。私も罪の意識から、新聞社などを巡ったのですが、明白に法律に触れていない限りは記事にできないと言われました。私は小説家、それならばフィクションで、私自身が書くしかないと思ったんです」
安田さんのこの苦い経験が珠玉の一冊を生んだのだった。
もしサイコパスが介護事業者だったら
物語はエンディングを予想させながら、テンポよく進み、ページをめくる手を止めさせない。介護施設の罠におちていく武田の変化は痛々しく、それに呼応するように輝きを増すのが、主人公のひとり、介護施設のチーフ・新海房子だ。
「房子はいわゆるサイコパス。サイコパスが介護事業者だったら、という視点から、彼女を描きました」
人の心を読むことがうまく、聞き上手。誰にでも共感するそぶりを見せながら何も感じてはいない。特に人の痛みにはまったくシンパシーを覚えないのが房子だ。
「彼女の目的は誰にもわからない。お金でも、愛情でもなく、ただ人を痛めつけたい、そこが彼女の常人には理解できない怖いところです」
房子は巧妙に罠を張り巡らし、周りを懐柔しながら、狙った獲物を追いつめていく。前述した介護施設のカリスマ経営者・高坂万平をはじめ、登場人物のほとんどが、彼女のコマとなって動かされてしまう。
専業主婦を経て、ヘルパーのトップとなる日垣美苗と富永怜子も、そのコマたちだ。