「したい放題」な日本の医療の現実
例えば頭痛で医者にかかったとしよう。日本の病院では大病が隠れていないか、CTやMRIで検査を行うこともしばしば。その結果、命に関わらない頭痛と診断されたり、場合によっては“ただの風邪”というケースも珍しくない。CTも医者の診断も調剤も、かかった費用の請求先の7〜9割は保険財源だ。
「日本には医療機関で行われる検査や治療の費用対効果を評価する、明確な指標がありません。第三者による評価機関もない。医者の裁量が大きく、自由に検査や治療ができてしまうのです。ちなみにイギリスの場合、検査を行うケースは全体の1~2割程度。残りは問診で診断されます」
また日本では、高血圧の治療に『アンジオテンシンII受容体拮抗薬』(ARB)という高価な薬が使われている。
「約8割の医療機関で処方されている薬ですが、海外での処方割合は2割程度。まずは安価で安全性も高い『カルシウム拮抗薬』や利尿剤を使い、次いで、血圧を下げて心臓を保護する薬の処方が一般的。ARBは、その先の治療ステップとされています」
こうした状況にフリーアクセスという医療の特徴が拍車をかける。日本では誰もがいつでも自由に、受診したい医療機関を選ぶことが可能。
「例えば病院を新設するとき、より多くの患者が来やすい地域につくろうとしますよね。そうして地域に医療機関が増えると競争が激しくなり、医師による患者の囲い込みが起きやすくなる。
ひとつひとつの病院の収入は減少するので収入減少を食い止めるため、各病院はちょっとした不調にも熱心に対応し、過剰な治療や検査を行う。そして結果的に医療費が増えていく……。これを『医師誘発需要』といい、医療のムダや医療費負担を引き起こす一因になっています」
この傾向は生活習慣病の場合、特に顕著だという。
「高血圧症と糖尿病の治療では、地域に医者の数が多ければ多いほど、患者の医療費が増加する傾向がありました」
井伊さんが大阪府済生会吹田病院の関本美穂麻酔科長と行った共同研究によると、人口1000人あたりの医師数が1人増えると、患者1人あたりの医療費の総額が年間3000〜4000円、増加していた。最新の『国民生活基礎調査』(2019年)によれば、生活習慣病の通院者数はおよそ2882万9000人。日本の総人口の約23%を占めることを考えれば、その影響は計り知れない。
もちろん、高額な薬の処方も、生活習慣病の治療も、患者のためを思う医療従事者の熱意によるものがほとんど。だが、「医療機関には、より多くの患者を検査して薬を出さなければ収入に結びつかないという現実があります。診療報酬制度の問題が根底にあることは否定できません」