人気力士休場の場所は新しいスターが生まれる
誰かが「混沌とした戦場」と呼んでいた、大荒れの大相撲9月場所。
3横綱に加え、場所3日目にして大関の高安、人気の宇良まで休場。一人横綱となった日馬富士は連敗を喫し、大関・照ノ富士もケガを悪化させて6日目から休場。「相撲人気の危機!」と、眉根(まゆね)
確かにこれだけケガ人が続くと心配だし、どこかに問題があるのかもしれないと考えるが、同時に大相撲はそんなにヤワなものじゃない、とも思う。
何せ、以前も書いたように大相撲の世界には常時、力士が700人ほどいる。AKB48ならぬ、OZM700!
上位が次々と休場しても、下位の力士たちが「今こそチャンス」とばかりに逆に張り切る姿が見られる。幕内・阿武咲の活躍を見よ! テレビのニュース番組で彼の名前に「おうのしょう」と仮名が振られていて、「そうか! 相撲ファンにはすでにおなじみの彼も、一般には新顔なんだ!」と気づいた。新しいスターが生まれる9月場所、その真剣勝負にワクワクしたい。
さらに思うのは、大相撲の魅力はそれだけじゃないってこと。勝負だけではなく、華やかな文化芸術や神事という側面もある。江戸時代から綿々と続く、様々な意匠や制度に酔えるのが、歌舞伎の世界にも通じる面白さであり、そういう奥深さが大相撲を支えているのだと、こういう場所は改めて気づかされる。
例えば「お茶屋さん」という制度がある。国技館に行くと正面玄関の左側にもう一つ玄関があって、入ると通路の両側に小さなお店が20軒連なる。これが「お茶屋さん」。一見さんには謎だらけ、何やら魅惑的で憧れる華やかな世界だ。
「大相撲を観賞するとき、飲食を中心としたサービスを承るのがお茶屋さん。いわば、相撲観戦をより楽しむためのコンシェルジュで、その始まりは江戸勧進相撲が始まった200年以上も前。歴史はとても古いものです」
そう語るのは、フジテレビの大相撲リポーターを30年以上務め、歴代の横綱たちからの信頼も厚い、スー女界の横綱・横野レイコさん。この度、謎のベールに隠されてきた相撲茶屋について、それぞれのおかみさんをフューチャーして紹介した本『相撲茶屋のおかみさん』(現代書館)を出版した。
「これまでお茶屋さんについて書かれた本は、実は一冊もありませんでした。お茶屋さんたちご自身が『私たちは黒子ですから』と大変、謙虚でいらして、なかなか取材が難しいというのもありました。
でも今回は、20軒あるお茶屋さんが集まる場に伺い、取材のお願いをしたんです。そこで『我々も後世に伝えるためにも、取材を受けてもいいんじゃないかと思います』という意見をいただいたので、そこから一軒一軒お話を伺っていきました。お茶屋さんが開いているのは場所中だけ。しかも地方はまた別。というわけで、なかなかタイトな時間の中での取材になりました」
伝統を伝える取材、かなりのご苦労があったようだが、それだけに完成した本には驚きの事実がいっぱい。お茶屋さんて、ただのお弁当、お土産屋さんではなく、元々は名力士や行司さん、呼び出しさんの末裔の方がやられている場合がほとんどなのだという。
お茶屋さんのおかげで大事な一番を見逃さない
「お茶屋さんは一番~二十番まであって、たとえば一番の『高砂家』さんは、常陸山という茨城出身の角聖と呼ばれた横綱のひ孫の方がやっておられるんです。6月に水戸市にある常陸山の銅像の前で、横綱・稀勢の里が大関・高安を従えて土俵入りをしたのを覚えているでしょう? あの常陸山です」
横野さんの本『相撲茶屋のおかみさん』を読むと、そういう一軒一軒のルーツや物語が分かり、「わぁ、そうなのか!」と興奮する。相撲の歴史を身近にヒシヒシ感じて、胸が熱くなる。お茶屋さんは、長い歴史を今に伝える場なんだ。
「みなさん、お気づきではないかもしれませんが、国技館は基本的に飲食持込み禁止なんですよ。チケットの裏にそう書いてあります。もちろん持ち込んでも怒られたりはしませんが、本来は館内の売店から買うものなんです。
お弁当や飲み物を買う際、お茶屋さんを通すと、粋な裁着袴(たっつけばかま)姿の出方(でかた)さんと呼ばれる人たちが席まで注文を取りに来てくれます。席を立って、大事な一番を見逃すことなく飲食を楽しめるんです。
しかも、その値段は売店と同じ。今は相撲人気で、お茶屋さんに頼んでもなかなかチケットが取れないと言います。でも、チケットぴあなどでチケットのみ自分で取って、飲食だけお茶屋さんに頼むことができるんです。相撲案内所というホームページにある番号に問い合わせれば、20軒あるお茶屋さんを紹介してくれますよ」
えっ? そうなんですか。それは初耳!
セレブ感!リッチな気持ち!
というわけで、私、さっそく9月場所5日目、国技館でそれ、試してみました!
3日前にホームページ(http://www.kokugikan.co.jp/index.html)に連絡し、案内されたお茶屋さんに電話。
「実は2階B席のチケットを持っているんですが、お弁当とかお願いできますか?」
と伺ったところ、快くOK! オードブル、焼き鳥、国技館ワインを予約。
「こちらにいらしていただけましたら、若い衆がお席までご案内いたしますので」と言われてワクワク伺うと、裁着袴姿のお兄さん(イケメン!うれしい!)が私と友人を2階席まで案内してくれ、その後で飲食物を持って来てくれる。
清算はお席で。ワウっ!なんというセレブ感!リッチな気持ち!
定番の焼き鳥のおいしさは言わずもがなで、オードブルも海老やチーズなどを使って豪華。すっかり堪能しました。お手拭とか紙コップとか多めにくれる心遣いも嬉しい~。何よりずっと憧れてた出方さんの後ろを歩いて着席というのが体験できて、気持ちがアガった。
しかも注文した国技館ワイン(赤白)は外装もステキだし、お味も中々。赤はカベルネ・ソーヴィニヨンのミディアムで、白はソーヴィニヨンブランのすっきり系。これはめちゃオススメです!
「そうやって、『じゃ、今場所はお弁当とあんみつと、焼き鳥をお願いします』とか、自分だけの『セット』を作れるのが楽しいんです。そのうち出方さんと顔なじみになったら、『来場所のチケット取っておいていただけますか?』とお願いしてみるのもいいかもしれません」
そうですよね、そう! 国技館観戦の楽しみが何倍にも膨れましたわ。 ちなみに、本にも出てきたお話で、“出方さんに心づけを渡すか?”ですが、
ところで、ありがとうついでにというか、せっかく横野さんに会えたのだから、聞きたいことがありますっ。
相撲リポーター30年の横野さんが感じた、力士との素敵なエピソード教えてください!
「そうですね。最近とても印象に残っているのが、横綱・稀勢の里。私は、稀勢の里が負け越しても『いつか横綱になる』と、ずっと信じてインタビューに行っていました。でも、稀勢の里は、何度も横綱昇進のチャンスを逃し、『やっぱり自分に足りないところが今場所もありました』、『一番の重みをかんじました』、『一日一番の原点に帰ります』と、毎回、同じ言葉ばかり言い、それでも最後には必ず。『でも収穫はありました』と。
そしてあるとき稀勢の里が、『毎回、同じことしか言えないので、テープに録っておいて、また使っていただいた方がいいですね』なんて言うようになって。私も、それにはなんて答えたらいいかわからなかったんですけどね(笑)」
つまり稀勢の里も、自分が毎回、同じことしか言えなくて申し訳ないと、思ったのだろうか。稀勢の里は“多くは語らない不器用な男”というのが、世間のイメージだと思うけど、横野さんは、稀勢の里の本当の顔を知っていた。
義理堅い稀勢の里
「今年の初場所、稀勢の里は優勝して、いよいよ横綱になりました。そのときはワッと各局が稀勢の里へ『インタビューさせてください、生出演お願いします』と押し寄せたんです。基本、彼はテレビ出演はせず、これまでも依頼があってもすべて断ってきました。
でも、このときばかりは、『フジテレビには行きます』と、自ら親方にも掛け合ってくれ、来てくれたんです。そういうことをしてくれた力士は今までいないんですね。これまで、ある意味インタビューには苦労しましたが、諦めずにやってきてよかったなぁ、と思いました。なんとも義理堅い人です。本当にありがたいなと感じました」
記者冥利に尽きる素敵なエピソード。稀勢の里、なんてステキな人だろう!
「横綱はどちらかというと明るい青年で、割とおしゃべりな人なんです。だから意外と早口なんですよ」
それもまた意外な気がする。横野さんしか知らない大相撲の打ち明け話、ぜひともまたそれも一冊にしたためていただきたい。
「今回、お茶屋さんの本を作らせていただき、まだまだ大相撲について知らないことだらけだなと思いました。なんと奥深いことか! 私の記者歴30年ぐらいなんて、長い相撲の歴史に比べたらひよっこだなって打ちのめされたところです。これからも色々な形で大相撲を紹介していきたいです」
本場所へ足を運ぶ際は、ぜひお茶屋さんにお願いして粋な相撲観戦をおすすめしたい。
横野レイコ(よこの・れいこ)◎相撲リポーター 昭和62年からフジテレビ『3時のあなた』『おはようナイスデイ』を経て『情報プレゼンターとくダネ!』のリポーターに。30年以上にわたって相撲の世界を取材し、女性相撲ジャーナリストの第一人者に。若貴ブームの時代には、誰よりも近くで彼らの成長を見守り、著書に『お兄ちゃん 誰も知らなかった若乃花の真実』(フジテレビ)がある。また外国人力士に焦点を当てた『I am a RIKISHI』(扶桑社) 、『朝青龍との3000日戦争』(文藝春秋)など多数。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽ライター/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人VSつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。