「本を出したのをきっかけに、最近、孤独について真剣に考えたの。孤独を感じるのは生きている証拠。お墓に入ったら、家族や親戚がわんさかいて、たまにはひとりになりたいって思うんじゃないかしら? そう考えると、今のうちに孤独を楽しんでおかないと」
そう笑顔で語るのは、半世紀以上も第一線で仕事を続ける80歳のイラストレーター、田村セツコさん。
「生きている限り、何歳でも、どんな立場であっても孤独を感じるのは当たり前のこと。にぎやかでホットな家族と住んでいても、ラブラブなカップルでも、孤独感は心のスキマに忍び寄ってくるのよ」
どこに誰といても、「ひとりぼっち」を感じることは珍しくない。孤独とはなにも特別なことではない。
「寂しいなんて思っていたら時間がもったいない。そんな暇があったら床でもみがいたらどうかしら?(笑)」
父が逝き、母と妹を介護の末に見送った田村さんは、「世間で言うところの独居老人」である、シニアのひとり暮らしを楽しんでいる。
「冒険だと思えばいいのよ」
「“人間は生きているだけで芸術家”という言葉があるように、誰もが自分の人生という作品の作者であり、ヒロインでもあるわけ。その作品の養分が孤独。人に頼ったり、誰かとつるんでワイワイおしゃべりしたりしてるだけでは、せっかくの作品が作れないの」
ひとりになることも、おばあさんになることも「冒険だと思えばいいのよ」と語る田村さん。
「誰だって、おばあさんになるのは初めての経験。『不思議の国のアリス』は、穴に落っこっちゃったり、わけのわからない女王様にふりまわされたりするでしょう? それと同じ。アリス気分で勇気を持って立ち向かうの。腰が痛くなったら、“腰が痛いワールド”に入っちゃったからクリアしなきゃ、って(笑)」
逆境や予期せぬ出来事に阻まれたら、「これは冒険だ」と思って乗り切る。それが孤独さえ楽しむコツなのだ。
「名作って、孤独がテーマになっていることが多い。『赤毛のアン』も『長靴下のピッピ』もヒロインは孤児。ひとりぼっちから始まって、人とコミュニケーションを交わしながら、孤独を克服していくの。『星の王子様』なんて底知れぬ宇宙に浮かぶ砂漠の星に、たったひとり。マフラーがなびいている姿が寂しくて印象的だったわ」
田村さんも寂しさを感じることはある。でも、そのときは本が助けてくれる。
「私は本が大好き。本の中にはお友達がぎっしり住んでいて“キミはひとりぼっちじゃないよ”ってささやいてくれる。作者が渾身の力を込めて書いた作品ですから、ヒロインには力がある。赤毛のアンも長靴下のピッピも、タダモノじゃありません。寂しいからって現実のお友達を探そうとするより、本棚のお気に入りのひとりを見つけるほうがずっと楽しいですよ」
タブレットやスマホで本を読む人が増えてきたが、こよなく好むのは、紙の本の手触り。
「本だけでなくノートもお友達。転校生だった小学生のころ、お友達がいるのかいないのか、わからない状態になったの。だから秘密のノートを作り、そこに何でも書き込みました。
小学校4年生から絵日記を描き続けているの。楽しかったことを読み返したら楽しくなるし、つらかったことはよく乗り越えた、よかったなぁってうれしくなって励まされるの。日記がお友達なんて、私ってよっぽど孤独な人ね(笑)」
日記と同じく、メモ帳も「お友達」。日課のようにとっていると話す。
「日記帳は家でお留守番をして、メモ帳は持ち歩きます。メモ帳には、お気に入りの言葉や気がついたことは何でも書きます」
自身を「メモ魔」と言う田村さんのメモ帳は、文字やイラストでびっしりだ。
「朝から夜までメモ帳とおしゃべりしているから、結構忙しいの。こんなこと言うと、ついにボケたかって思われるかもしれないけど(笑)、おばあさんは何を言ってもやってもいいのよ」
孤独も年齢もポジティブにとらえている。そのせいか、少女のころからおばあさんは憧れの存在だった。
「おばあさんって男性でも女性でもなく、“第3の女”って感じでしょ? 誰に話しかけてもいいし、何を着てもいいし、オールマイティーのフリーパスポートをもらった感じ」
まるでおとぎの国から飛び出してきたようなファッションの田村さん。自身が描くイラストの「セツコワールド」そのもの。
「でも私、あまりモノは買わないの。小さいころから、母親に“節約のセツコ”って言われたくらいモノを欲しがらなかった。モノを買うよりもリメークなんかで工夫したほうが楽しいわよ」
日常の中で幸せを見いだすセンスもずば抜けている。
「センスいい人って、ささやかな幸せを見つける名人。例えば、テーブルにシミがあるとするでしょう? おそうじをしてそのシミがなくなったら幸せ! こんな小さなことでもいいの」
そして幸せの見つけ方は、人それぞれ。
「誰かが見つけてくれるものではなく、自分で発見して、パッとつかまえる。これがコツなの。人からもらおうとしてもダメ。うまく見つかるとうれしいわよ」
自分で自分を幸せにする技を習得したら、人をうらんだり妬んだりすることがなくなり、コミュニケーション能力も高まると田村さんは言う。
同じことを繰り返す毎日のなかにも、幸せは潜んでいる。日の出とともに起きて、夕方5時には仕事終了。
「アフター5はひとりでキューッと1杯やるんです。“よく働きますね~、まあまあ1杯飲んで……”なんて感じで」
夜は、暗くなるとベッドに入って就寝。
「サッカーなどの中継があるときはどうしても夜中まで見ちゃいますね。スポーツ観戦が私の唯一の運動ですから。スポーツを見ていると運動した気になって、筋肉が喜ぶのよ」
こうした小さな幸せが積み重なって、充実した幸せにつながっていくのではないか、と考えている。
「自分の足で立っていれば、孤独を誰かのせいにすることはありません。心の中で“スタンド・アローン”するのです。孤独はあなたを強くするためのギフト。ほろ苦いけど、よく効くお薬って感じ。死ぬまで孤独を楽しみましょう!」
<プロフィール>
たむら・せつこ ◎イラストレーター、エッセイスト。'50年代後半よりイラストレーターとして仕事を始める。'60年代より少女漫画雑誌『なかよし』『りぼん』で活躍。サンリオ発行『いちご新聞』でのエッセイは創刊の1975年から現在も続く。『おちゃめな老後』『すてきなおばあさんのスタイルブック』『カワイイおばあさんの「ひらめきノート」』など著書多数。