行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回はコロナショックで収入が激減し、危機に陥ったステップファミリーの事例を紹介します。(前編)

※写真はイメージ

 2月下旬、日本でも猛威を振るい始めた新型コロナウイルス。5月25日にようやく全国に出されていた緊急事態宣言が解除されたものの、まだ感染のリスクがなくなったわけではなく、長期戦の様相を見せている今日このごろ。尊い人命を奪うという直接的影響だけでなく、明日の金銭を失うという間接的影響も甚大です。

相談の中で最も深刻なのは
ステップファミリー

 総務省の家計調査によると4月の全世帯(単身世帯を除く2人以上の世帯)の実質消費支出は26万7922円で前年同月比11.1%減。これは東日本大震災(2011年)より前のデータで、比較可能な2001年1月以来、過去最大の減少幅です。さらに、国連はまだ上半期が終わったばかりなのに今年の経済成長率はマイナス3.2%と世界恐慌(1930年代)以来の景気後退と予想しています。飲食、旅行そして映画や音楽、演劇などのエンターテイメント業などのサービス業は下半期も相変わらずでしょう。

 コロナ発生から半年。あまりにも急すぎる景気悪化……例えば、自宅勤務による残業手当減、職場休業による収入減、海外赴任終了による手当減により家計が破綻する寸前まで追い込まれた家族を筆者は見てきました。筆者の相談例のなかで最も深刻なのは、ステップファミリー(連れ子がいる再婚家庭)です。

 今回紹介する夏川楓さん(42歳)は夫の康生(41歳)、楓さんの連れ子の向日葵(18歳)、夫との子・紅葉(0歳)と一緒に暮らしていたのですが、夫は離婚経験者。離れて暮らす元妻の子(8歳)にも毎月9万円の養育費を支払っている状態でした。そんな家庭を襲ったのがコロナショックだったのです。ただでさえ吹けば飛ぶような軟弱な家計基盤なので、ひとたまりもありません。

 今まで夫の康生は再婚しても、連れ子を養子にしても、楓さんが産休・育休に入っても、前妻へ養育費を欠かさず振り込み続けたのですが、さすがに限界でした。ついに養育費を支払うのに事欠くようになったのですが、何があったのでしょうか?

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名。年齢は現在)>
夫:夏川康生(41歳)→嘱託職員(去年の年収600万円)
妻:夏川楓(42歳)→専業主婦(育児休暇中) ☆今回の相談者
妻の連れ子:夏川向日葵(18歳)→4月から正社員
夫婦の子:夏川紅葉(0歳)
夫の前妻:比江島つぼみ(39歳)→パートタイマー(離婚時)
夫と前妻の子:比江島芽衣(8歳)

夫の給料が4割減、
娘は無収入で家計が大ピンチ

「コロナウイルスの影響で今春、就職予定だった長女の仕事が始まらずに困っています!」

 ため息まじりで嘆く楓さんが現夫・康生と結婚したのは3年前。楓さんには元夫との間に向日葵(長女)がおり、養子縁組をする約束で康生と一緒になったのです。そして昨年、夫婦の間にも紅葉(次女)が産まれ、幸せな時間を過ごしていたのですが、楓さんはまだ育児休暇中。産休前の手取り額は毎月18万円でしたが、現在、受け取っている育児休業給付金は毎月12万円。6万円の差は大きいですが、職場に復帰するまでの辛抱だと思っていたそうです。

 そして長女は今年3月、商業高校を無事に卒業。感染対策の一環で卒業式の開催は見送られたものの、18年かけて立派に育て上げた長女の姿に楓さんは感無量。すでに飲食関係の会社への就職も決まっていたそう。楓さんはようやく肩の荷をおろしたはず……でした。3月下旬から入社前の研修が始まり、4月上旬に入社式を行い、各々の配属先で働き始めるのが例年通り。

 しかし、新人のスケジュールは3密ばかり。そのため、当初の予定は白紙に戻り、長女は出社を禁じられ、自宅待機を命じられたのです。内定取消という最悪の結果は免れたものの、緊急事態宣言下で資金繰りに窮した会社は初任給を支給することができず。

 長女は就職後、毎月の給料のなかから5万円の生活費を家に入れる約束でした。しかし、長女の稼ぎはゼロなので無理です。毎月の生活費(食費、水道光熱費など)は家族が3人でも4人でも大差ないとはいえ、結局、家計を支えることができず、長女は楓さんに「うちに迷惑をかけている」と謝ったそう。しかし、コロナウイルスの影響はそれだけではありませんでした。

 夫の康生はテーマパークを運営する会社に勤務し、園内の業務を担当。イメージ第一の業種なので緊急事態宣言が出されるのを待たず、3月上旬には自主的に臨時休園を決めたのです。他の業務ならともかく、康生は何もすることがないので自宅で待機し続けるしかなかったのですが、テーマパークが再開するまでの間、給料は4割減。康生の手取りは毎月36万円から22万円へ下がったのですが、一方で毎月の支出は変わらないので毎月12万円の減給は死活問題です。康生は正社員ではなく嘱託職員という不安定な立場。リストラされなかったのは不幸中の幸いですが、楽観できたのは最初だけ。3月だけでなく4月、5月も4割減が続いたのです。

赤字を埋めるために
前妻の養育費を減らしたいが…

 楓さん夫婦の家計収支はどうなっているのでしょうか? まず支出ですが、次女が産まれてからコロナが発生する前の数字は以下の通り。

<毎月の支出>
家賃:12万円
電気代、インターネット、水道:2万円
夫の昼食代:2万5000円
食費:6万円
携帯電話の料金(夫と妻、長女):1万6000円
雑費:3万円
妻の実家への仕送り:3万円
ガソリン代:1万5000円
自動車ローン:3万1500円
自動車保険:5000円
ミルク、オムツ代:2万円
前妻の子への養育費:9万円
合計:46万2500円

 一方、収入ですが、もしコロナ問題が起こっていなければ、康生の月収は36万円、楓さんの給付金は12万円、長女からの生活費は5万円。世帯の月収は53万円なので約7万円余る計算です。しかし、コロナの影響で康生の月収は22万円に、そして長女からの生活費はないので世帯の月収は34万円となり、毎月12万円の赤字です。

 在宅勤務中、康生は昼食を自宅で済ませるようになったのですが、2人分(楓さん、長女)も3人分(楓さん、長女、康生)も材料費等はほとんど変わりません。しかし、康生の昼食代(月2万5000円)は浮かせることができました。そして緊急事態宣言下で家族が車で移動することがなくなったので、ガソリン代(月1万5000円)はほとんどかかりませんでした。自粛生活によって月4万円を節約することができたものの、それでも月8万円の赤字が残ります。

 楓さんはやむをえず、シングルマザー時代の貯金で穴埋めしたのですが、5月末には底を尽き……そんな危機的な状況でも夫は前妻・つぼみへの養育費に手をつけようとしませんでした。康生は「ちゃんと考えているよ」「仕事が再開すれば取り戻せるから」「まだ動くのは早すぎる」と言うばかり。楓さんが頼んでも何もしてくれませんでした。

 離婚から現在まで康生は前妻のつぼみといっさい連絡をとっていないのですが、楓さんが目を光らせているので気まずかったのでしょう。もし、養育費を減らしたり、止めたりしたら、離婚の経緯を考えると前妻が烈火のごとく怒り狂うのは目に見えています。それなら借金をしてでも養育費を満額払ったほうがまし。康生はとにかく逃げ腰でした。

 しかし、それは家計破綻への入り口です。養育費を借金すれば返済分が支出に上乗せされるだけで収支は赤字のまま。むしろ赤字額が増えます。これでは借金を返済するお金がないので、前回の借金を返済するために今回、また借金をするという自転車操業に陥り、借金はどんどん膨らむばかりで最後に破綻するのは目に見えています。

 結局、康生の職場は6月に入っても再開の目途が立たないありさま。楓さんが筆者のところに相談しに来たのは夫まかせにせず、自分で動くことに切り替えたタイミングでした。

 楓さんは金銭的に困窮する実の母親に対して毎月3万円の仕送りを続けてきました。しかし、楓さん夫婦が経済的に破綻した場合、母親を金銭的に援助することは難しくなります。筆者は「奥さん(楓さん)が倒れたら元も子もありませんよ」と諭しました。楓さんは背に腹は変えられないという感じで母親への仕送りをいったん中止せざるをえませんでした。楓さんはやるべきことをやったのに、それでも毎月の支出は39万円。まだ5万円足りない状況でした。

 さらに支出を切り詰めるには前妻に養育費の見直しを頼むしかありません。楓さんは恐る恐る、前妻のつぼみへLINEを送り、直接会う約束を取りつけたのです。

不倫がバレて
前妻に慰謝料200万円を支払った

 筆者が疑問に思ったのは、楓さんのスマホにつぼみの連絡先(メールアドレス、LINEのID、携帯番号等)が登録済だったこと。元夫婦とはいえ子どもがいます。そのため、康生のスマホにつぼみの登録が残っているのは分かりますが、康生から「前妻の連絡先」を聞き出したり、こっそりスマホを盗み見したり、前々から知り合いだったりしたわけではないのになぜ?

「慰謝料を払ったほうが早く離婚できるって思って、200万円を渡したんです!」

 楓さんは当時のことを振り返りますが、康生と知り合ったとき、まだつぼみと結婚していたのです。すでにつぼみとは別居していたようで、康生は結婚指輪を外し、スマホの待ち受け画面を家族からラーメンに変え、昼食は手作りではなくコンビニ弁当。康生は「すぐに離婚できる」と伝えていました。だから、楓さんは康生が妻子持ちだということを知らなかったわけではありません。

 交際中、楓さんは康生からつぼみの悪口や愚痴、不満などをたくさん聞かされたそう。例えば、第一に彼女の性格のキツさ。夫が魚嫌いなのに、わざと食卓に魚料理を並べるのです。康生が文句を言うと「もう作らない」と逆ギレするのでタチが悪いです。第二に束縛癖。康生の財布やスマホ、財布のなかのレシートやクレジットカードの明細まで事細かく調べ上げ、「馬鹿」「ボケ」「死ね」と暴言を浴びせてくるのです。

 楓さんは康生のことがかわいそうになり、私なら彼を幸せにしてあげられると、一緒になることを決めました。やはり恋は盲目。楓さんは康生が妻帯者であることを忘れ、夢中になったのですが、そんな矢先、つぼみから封筒が届いたのです。

 中身は慰謝料の請求書と興信所の調査書。まず請求書には不貞行為の慰謝料として2週間以内に200万円を振り込むように書かれていました。「もはや夫婦の形をなしていないのに、何なの?」と楓さんは請求書を持つ手が震えたそうです。

 次に調査書ですが、6月10日20時17分、楓さんと康生が一緒にホテルへ入る瞬間の写真、翌6月11日9時40分、2人が一緒にホテルから出てくる瞬間の写真などが貼付(ちょうふ)されていました。楓さんの住所は地下鉄が通っていない郊外。もし康生の車で移動した場合、GPSの情報をもとに行き先を特定される可能性があります。そのため、2人は市営バスでホテルへ向かったのですが、待ち合わせたのは康生の会社。そこから徒歩で停留所へ移動したので、会社の玄関で待ち伏せしていた興信所の人間にあとをつけられたというわけ。当日の行動履歴はつぼみに筒抜けだったのです。

 過去の裁判例(東京地方裁判所・平成19年5月31日判決)によると、これらの写真によって不貞行為(肉体関係)を証明することが認められているので事実認定に関して楓さんの言い逃れの余地はありません。

 それ以外にも、花火大会で楓さんが左腕を康生の腰から尻へ回したり、楓さんが自分から彼の頬へキスをしたり、2人が地面に座っている状態で楓さんが自分の頭を彼の肩へ預けたりしている瞬間の写真も含まれていました。

 2人の関係性は「不倫カップル」。そのため、自分たちの存在に気づかれないよう、なるべく目立たないように人目を憚(はばか)るべきでしょう。しかも当日は県内最大の花火大会。付近にはおびただしい数の人がいるにも関わらず、まるで人様に「不倫」を見せびらかし、周囲の注目を集めるような振る舞いをするなんて……。

「あのときは熱くなっていて……本当にうかつでした」

 と楓さんは反省の弁を口にしますが、女手ひとつで長女を育てる楓さんにとって200万円は大金です。しかし、慰謝料は“公認料”のようなもの。つぼみが慰謝料を受け取ればふたりの関係に口出ししにくなり、楓さんは何ら恥じずに康生を愛することができる。そう思って、つぼみの言い値を振り込んだのです。

(後編に続く)

※後編は6月27日20時30分に公開します。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/