所ジョージさんは、とても不思議なタレントです。
MCを務める番組を見ていても、決してグイグイ前面に出るタイプではありません。司会をしながらギャグを飛ばし続けるお笑いタレントもいますが、所さんは一見、淡々と番組を進めます。それでいて、不思議な存在感と安心感があるのです。
そのせいか、所さんが司会をする番組は、長寿番組になることが多い。たぶん、肩に力が入っていない(ように見える)ところが、所さん独特の「味」になっているのだと思います。
今回は、そんな所ジョージさんが、落語家の林家正蔵さんに「謎の贈り物」をしたときの話です。
所ジョージさんが渡した桐の箱の中身は
林家正蔵さんが、真打昇進襲名披露をしていたときのこと。
懇意にしていた所さんに呼び出され、お宅にうかがう正蔵さん。行ってみると、所さんから直々に、手のひらに収まるくらいの桐の箱を渡されました。
帰ってから開けてみると、中身は「刀の鍔(つば)」。その鍔には、林家の家紋である「花菱(はなびし)」が刻まれていました。
これだけなら、正蔵さんへの立派な真打披露のお祝いです。
ところが……。この刀の鍔、なぜか、銀色のラッカー(塗料)で塗装されていたのです。
「何これ? どういうこと?」
その刀の鍔は、決しておもちゃではありません。どう見ても本物っぽい。実際、正蔵さんが、不思議に思いながらも古美術商に見せてみると「間違いなく、れっきとした本物です」と。
その古美術商の鑑定では、普通なら100万円以上の価値があるとのこと。
しかし、なにしろ、銀色の塗装がされてしまっています。そのために「残念ながら、価値はゼロになってしまいましたね」と言われてしまいました。
なぜ所さんは、価値のある刀の鍔、しかも、林家家の家紋が入った刀の鍔を、わざわざラッカーで塗装して正蔵さんに贈ったのでしょうか?
箱のフタに、書かれていたメッセージ
所さんの意図がわからなかった正蔵さんでしたが、ふと桐の箱のフタの裏を見てみると、何やら文字が書かれています。
それは、所さんから正蔵さんへ向けた、直筆のメッセージでした。そこには、こう書かれていたのです。
「伝統は壊さなければ意味がない」
メッセージを見た瞬間、正蔵さんは、めまいがするほどの衝撃を受けたといいます。
私は、このエピソードを、長年テレビの世界で番組制作者として活躍され、『恋のから騒ぎ』や『1億人の大質問!? 笑ってコラえて!』(ともに日本テレビ系)などのヒット番組を手がけた吉川圭三さんの著書で知りました。
所ジョージさんのことをよく知る吉川さんは、このエピソードについて、およそ次のようにおっしゃっています。
《所ジョージは、正蔵が林家の伝統を積み上げて芸を磨いていることも、それが大切であることも重々わかったうえで、正蔵に対して「少しは伝統を壊してもいいんじゃない? そのほうがもっと輝けるよ」というメッセージを伝えたかったのではないか?》
所ジョージさん、かっこよすぎ! 「伝統は壊さなければ意味がない」って、名言だと思います。
例えば、日本の伝統芸である歌舞伎の世界では近年、『ワンピース』や『風の谷のナウシカ』などのアニメ作品を歌舞伎にアレンジして上演し、好評を博しています。
これなど、いい意味で伝統を壊している例ではないでしょうか。
一般企業でも、老舗の会社が時代の変化に合わせて新事業に乗り出して、躍進するということがあります。
「伝統」なんて大仰なものでなくても、「ずっとこうすることが慣習になっている」「これについては、このように進めることが決まり」などということ。どこの会社にもあるのではないでしょうか。
でも、その慣習。本当に必要なのか? そう考えると、新しい何かが見えてくるかもしれません。
伝統は、よいところを残しつつ、積極的に壊していく。そうしてこそ、「より輝ける」のではないでしょうか?
(参考:『たけし、さんま、所の「すごい」仕事現場』吉川圭三著 小学館新書)
(文/西沢 泰生)
【著者PROFILE】
にしざわ・やすお ◎作家・ライター・出版プロデューサー。子どものころからの読書好き。『アタック25』『クイズタイムショック』などのクイズ番組に出演し優勝。『第10回アメリカ横断ウルトラクイズ』ではニューヨークまで進み準優勝を果たす。就職後は約20年間、社内報の編集を担当。その間、社長秘書も兼任。現在は作家として独立。主な著書:『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)/『伝説のクイズ王も驚いた予想を超えてくる雑学の本』(三笠書房)/『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)ほか。