いまや生活に欠かせない化学繊維。衣類や寝具などに使われ、安価で肌触りのいいものもあるが肌のトラブルなどで悩みを訴える人も多くアレルギーという問題も。身体に負担をかけないよりよい付き合い方とは――。
わき腹の猛烈なかゆみで目が覚めた
肌着の刺激でチクチクしたり、我慢できないほどのかゆみを感じたり……。そんな経験はないだろうか。
40代女性のAさんは、いわゆる“あったかインナー”が原因で皮膚科を受診するはめになった。
9月に入って夜は身体が冷えるようになり、保温効果のある機能性インナーを着用して寝たところ、わき腹の猛烈なかゆみで目が覚めた。睡眠中に無意識にかきむしっていたようで、肌が赤くなり、熱をもっている。
しばらくかゆみがおさまらなかったため皮膚科を受診すると、肌が軽い炎症を起こしていることがわかり、ステロイド軟膏が処方された。
あったかインナーが暖かいのは、水蒸気として出た汗が液体に変わるときに熱を発する性質を使用しているから。天然素材に比べ、レーヨンなどは乾くのに時間がかかるという欠点も。なので、
「睡眠中に着用することはおすすめできません」
と、野村皮膚科医院の野村有子院長は話す。
“あったかインナー”は、いまや冬の定番商品。毎年秋ごろになると、さまざまなメーカーからバラエティーに富んだ商品が発売される。
「薄くて身体にフィットする」
「自らの体温で発熱する」
「裏起毛で保温性抜群」
など多様な機能をうたっており、ほとんどの商品がポリエステルやポリウレタン、アクリルなどの化学繊維を混合した素材で作られている。
「ポリウレタンとポリエステルは、かゆくなりやすい“ポリ・ポリ”コンビ。ついつい皮膚をポリポリかきむしりたくなる素材なんです。わかりやすいでしょう(笑)」
と野村先生が言うように、あったかインナーに使われている素材はかゆみトラブルを生じやすい。だが肌着ということで、睡眠時に着用してしまう人も少なくない。
睡眠時は要注意
「寒い日の外出時や、屋外での仕事にあったかインナーを利用するのはよいと思います。ただし、帰宅してからは着替えるべき。汗をかきやすい睡眠時に着用するのは絶対にやめましょう。
最近はフリース素材のパジャマを愛用している人もいますが、汗を吸わないという点では同じ。寝るときには、天然素材の肌着とパジャマが基本です」
また、汗腺が発達していない子どもがあったかインナーを着用する際も注意が必要だ。
「子どもは大人に比べて体温が高く、頻繁に汗をかきます。綿や絹の肌着は吸湿性と通気性にすぐれていますが、化学繊維の肌着ではこれらの機能が弱く、熱がこもりやすくなってしまいます。そのためうまく体温調節ができず、汗をかけない体質になってしまうことも。最近は、汗が出にくいせいで熱中症になる子どもも増えています」
刺激を受けやすいデリケートゾーン
化学繊維の肌着によるトラブルは、あったかインナーに限らない。生理用ショーツやガードルをはく女性に多いのが「摩擦黒皮症」だ。
「おもにナイロンなどの素材による摩擦刺激で発症します。皮膚が黒ずんで、ひどくなるとゴワゴワ硬くなってしまいます」
内ももや陰部は皮膚がやわらかく、繊維の刺激を受けやすい。生理用ショーツなどは防水機能が必要なため化学繊維が多用されがちだが、経血が少ない日には皮膚に触れる内側の生地に天然素材をあてることで、ずいぶんとトラブルは軽減するそう。
「これからの季節は肌が乾燥し、ますますかゆみを感じやすくなります。素材だけでなく、身体をしめつけない下着を選ぶことも大切です」
いま女性のあいだで静かなブームとなっている「ふんどし」。身体をしめつけない下着として最適だ。
先月、フリーアナウンサーの新井恵理那が、インスタグラムで「マイふんどし」を公開して話題に。テレビ番組では、ふんどしを着用して寝ることがマイブームだと明かしていた。
抗加齢医学専門医の田中佳先生も、長年ふんどしを愛用し続けているという。
「以前、トランクスをはいているときはゴムのしめつけなどでかゆみを感じることがありましたが、ふんどしは本当に快適。最近は女性用もいろいろなデザインのものが発売されています。ふんどしという言葉に抵抗がある女性もいるらしく(笑)、このごろは空気パンツと呼ばれることもあるようです」(田中先生、以下同)
ためしにネットで検索してみると、その商品の豊富さに驚く。ほとんどがリネンやガーゼなどのやわらかいコットン素材でできており、ひものついた昔ながらの「ふんどし」から、ショーツに近いデザインまでさまざまだ。
「ふんどしならなんでもいいというわけではなく、しめつけ感のないものを選ぶことが大切です。ひもがあまりに細すぎると、身体にくいこんでしまうことも。適度な太さのひもがついた、ゆったりとしたものがよいですね」
化学物質を肌から取り込む経皮毒
「チクチクする、かゆいといった物理的刺激は、肌に直接触れるものによって起こります。その場合は、肌着を天然素材のやわらかいものにかえることでおさまることがあります。いっぽう、化学的刺激は洗剤や柔軟剤などの化学物質で起こります。衣服や肌着の素材にどれだけ気をつけても、刺激の強い洗剤を日常的に使用していては意味がありません」
田中先生によると、気づかないうちにこれらの化学物質を皮膚から吸収し、有害な作用を引き起こすことがあるという。肌トラブルの原因のひとつが、この「経皮毒」である可能性も捨てきれない。
「皮膚の薄い陰部は、特に経皮吸収率が高いことがわかっています。神経質になりすぎて、身に着けるすべてを天然素材にする必要はありませんが、せめて下着はやわらかい綿や絹などを選びましょう。肌トラブルがなかなか改善されないという人は、いま使用している洗剤を見直し、柔軟剤の使用をやめてみましょう」
野村先生は、
「肌着は信頼できる店舗、メーカーのものを購入することも大切」と話す。
「身体のかゆみを訴える患者さんに、いま着ている肌着の素材を尋ねることがあります。綿だと答える患者さんの肌着を触らせてもらうと、明らかに肌触りが化学繊維で、おかしいなと感じることがあるんです」
最近では、安価な外国製の衣類がネットで簡単に手に入るようになった。そんななか、国民生活センターには
「服の組成繊維に関するタグの表示が、実際のものとは異なっているようだ」という相談も寄せられている。
実際に、英語表記で「ポリエステル65%、綿30%、スパンデックス(編集部注:ポリウレタン)5%」と表示されていた子ども服が、国民生活センターの調査の結果、「ポリエステル83・4%、綿11・5%、ポリウレタン5・1%」と判明したケースもあった。アレルギー性皮膚炎などを引き起こさないためにも、直接肌に触れる肌着を購入する際は特に注意が必要だ。
「軽くて暖かいフリースやスポーツ用のドライシャツなど、安価で機能的な化繊衣類はうまく使えば便利なもの。大事なのは、天然素材との上手な使い分けです」(野村先生)
もはや、肌着選びが健康を左右するといっても過言ではない。これからの乾燥する季節を健康に、快適に過ごすためにも、この秋は新しいアウターを買う前に、まずは肌着から見直してみるのはいかがだろうか。
野村有子(のむら・ゆうこ)●野村皮膚科医院院長。医学博士、皮膚科専門医。アトピー性皮膚炎や乾燥性湿疹を中心に皮膚疾患の診断・治療を行っている
田中佳(たなか・よしみ)●日本脳神経外科学会認定元専門医、日本抗加齢医学会認定専門医。ドクターセラピストとして健康になるための方法を伝える講演活動に取り組んでいる
(取材・文/植木淳子)