「よりによって、大事な会議中にうとうとしてしまった」「眠すぎて集中力がもたなくて、内容がまったく入ってこなかった」。忙しい時期や休み明けの会議などは、特にこのようなことが起きやすいといいます。自分の意思に反して襲ってくるこの現象を表現するならば、「会議睡魔」。
この困った現象。やる気などの意志ではなく、食事に原因があることがあると話すのは脳科学者・西剛志氏。この会議睡魔の原因と対応策を、彼の最新書籍『脳科学者が教える集中力と記憶力を上げる 低GI食 脳にいい最強の食事術』より一部抜粋、再編集してご紹介します。
「会議睡魔」の原因の1つは脳のエネルギー不足
会議のときに眠くなる。いわゆる「会議睡魔」。
これってやる気がないから? 能力が足りないから? 意思が弱いから?
いえ、決してそうとは限りません。問題は、食事にある場合があるかもしれないのです。
考えたり、記憶したり、計算したり、思い出したり。脳を働かせるにはエネルギーが必要です。そしてそのエネルギーは、食事でしか補充できません。ですから、脳を働かせるためには、エネルギーが必要であり、エネルギー不足になると、集中力が切れたり、思考能力が落ちたりして眠くなるという現象が起きるのです。
突然ですが、みなさん、会議の前にどのような食事をしていますか?
・資料づくりとかが忙しい。もしくは、会議終わってからゆっくり食事したいので、何も食べない
・気合い入れるために、がっつりとしたご飯を食べる!
これらは、すべて会議中の眠気や集中力の欠如を生み出す恐れがあります。なぜなら、両方とも脳のエネルギーが枯渇する可能性があるからです。何も食べないとよくないのは想像しやすいかもしれませんが、がっつり食べたのにエネルギー不足?と首をかしげた方もいらっしゃるかもしれません。ただ、精密機械以上に精密な人間の身体は、そう単純ではありません。
実は糖質をたくさん摂りすぎると、血中のブドウ糖の濃度(血糖値)が異常に高まってしまうため、脳が血糖値を下げるためにインスリンを出せ!と指令を出します。すると、急上昇した血糖値が、急降下してしまう「血糖値スパイク」という現象が起きてしまうのです。その結果、ブドウ糖が細胞に急速に取り込まれるため、血糖値がジェットコースターのように下がり、脳のエネルギー不足を引き起こしてしまうことが数多くのリサーチで示されています。
食べすぎて満腹になると、頭がぼんやりしたり、やる気が起きなくなったり、簡単なミスをくり返したり……。こんな経験はないでしょうか。これこそ、食べすぎによる「血糖値スパイク」が引き起こす低血糖が原因なのです。
九州大学の研究では、40代以上の住民8000人に対して調査したところ、約2割の人にこの血糖値スパイクが見られたそうです。
同じような状況が起きているとすると、日本全体では1400万人以上もいる計算となり、私達が予想している以上に、仕事に集中できない、やる気が出ないなど悩みを抱える人が多いかもしれないのです。血糖値スパイクで、血液中のブドウ糖が不足すると、脳もエネルギー不足を引き起こします。
つまり、どんなにたくさんのエネルギーを補充しても、脳のエネルギーとなるブドウ糖が一気になくなってしまい、集中力、記憶力、実行機能、認知力、セルフコントロール力など、脳がつかさどっている多くの力が衰えてしまう可能性があるのです。その結果、会議中に眠くなるというわけです。
私自身もこれまで13年ほどビジネスで成功している人を研究してきましたが、仕事の効率やパフォーマンスが高い人ほど、食事に気をつかっているという共通点がありました。
そして、ここ20年の脳科学、生理学、行動科学など世界のリサーチからわかってきた脳のパフォーマンスを高める1つの方法、それが、「低GI食」をうまく利用する、ということだったのです。
「低GI」を選ぶための3つのポイント
低GIというとダイエットの分野で有名なためご存じの方も多いかもしれませんが、GIとは、グリセミック・インデックスの略で、食品に含まれている糖質がどれだけ血糖値を上げるかを、ブドウ糖を100として相対的に表した数値になります。100に近いほど血糖値が急激に上昇し、低いほど血糖値の上昇がゆるやかになります。1981年に、カナダのトロント大学のジェンキンス博士らが、同じ糖質量でも食品によって血糖値の上がり方に違いがあることを発見し、提唱しました。
GI値が低い食品(低GI食)を摂取すると、ゆるやかに血糖値が上がり維持されるため、血糖値スパイクを防ぐことができ、安定的に脳にエネルギーを供給できるようになります。脳は体全体の20%のエネルギーを消費している組織。考えたり、覚えたり、計算したり、思い出したり、体を動かすときに指令を出したり、ただ、立っているだけでも、大量のエネルギーを消費しています。糖質は脳にとっての唯一のエネルギー源のため、ブドウ糖を安定的に供給できると、脳がベストパフォーマンを発揮できるようになります。
実際に、スウェーデンのランド大学が行った49~71歳を対象とした研究でも、低GIのパンを食べると75〜225分後の認知テストのスコアが上がったり、フランス・ナンシー大学のリサーチでも若い成人が低GI食を朝食に食べると、150〜210分後に記憶力が改善されることなども報告されています。
低GI食は毎日摂ることが必要ではなく、ここぞというときに利用すると、脳をよいパフォーマンスへと導いてくれることが数々の研究でもわかっています。
では実際に何を食べればいいのか。今回は、低GIの食品の中から具体的に取り入れやすい3つの食品をご紹介したいと思います。
まず、1つ目が「高カカオチョコ」です。とくにカカオ成分が70%以上含まれている高カカオチョコは、低GI食として有名な食品の1つです。チョコは甘くて血糖値が上がりそうと思われるかもしれませんが、主原料のカカオは食物繊維が豊富なため、血糖値の消化吸収を緩やかにして、その後の仕事がはかどりやすくなります。
また、2018年に日本で行われた「蒲郡スタディ」のリサーチでは、高年の男女347人に、カカオ成分72%の高カカオチョコを4週間にわたって毎日25gを食べてもらったところ、記憶を増強するBDNF(脳由来神経栄養因子)のレベルが優位に上がることがわかりました。
2020年に発表された世界的権威の科学雑誌『Nature』が運営する「Scientific Report」の論文では、カカオポリフェノールが豊富なココアの摂取後に、脳の酸素化反応が向上することが確認されたという報告があります。高齢者や認知症の方は酸素化反応が鈍るといわれていて、向上すると難しい問題の処理能力が高まるといわれます。
お米は冷めるとGI値が下がる
もう1つは、会議の前の昼食におにぎりなどの「冷めたお米」を食べることです。お米は糖質が高いと思われがちですが、冷めると「GI値」が下がるという特性があります。
その秘密は、レジスタントスターチという成分。これは、消化しにくいでんぷんという意味で、日本語では「難消化性でんぷん」といいます。
ブドウ糖がいくつも結合しているでんぷんは、加熱すると結合がゆるくなりますが、冷めると再結合のされ方が複雑になって、ブドウ糖に分解されなくなります。小腸に吸収されずそのまま大腸まで届くので、善玉菌のエサになったり有害物質を排出したりと、腸内環境を整えてくれるのです。そのため、レジスタントスターチは「ハイパー食物繊維」と呼ばれることもあります。このレジスタントスターチのおかげで、血糖値が低くなります。
このレジスタントスターチ、なんと、冷ますと増えるのです。炊きたてのお米を冷ますだけで、1.6倍に増えます。玄米おにぎりだと、さらにGI値は低くなるのでおすすめです。
もう1つ、ランチにとりやすいという面で考えると、そばもおすすめです。そばは主食の中では、低GIの食品の1つです。こちらも、レジスタントスターチのことを考えると、かけよりもりやざるなどの冷たいものを食べるとより効果が高まります。野菜など食物繊維豊富なものや鴨南蛮などタンパク質が含まれるものを最初に食べてから食べるとより一層、食後の血糖値は急激に上がりにくくなることも科学的に証明されています。
どうしても、白いごはんで定食が食べたいというときにも意識するとよいかもしれません。
そのほかにも脳によい30種類以上の食べ物やレシピがありますが、今回紹介した食材を上手に摂って、脳のエネルギー不足によって生じる「会議睡魔」を寄せ付けない、元気な脳を手に入れましょう。
西 剛志(にし たけゆき)Takeyuki Nishi
脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。博士号を取得後、知的財産研究所を経て、特許庁入庁。大学院非常勤講師を兼任しながら、遺伝子や脳内物質など脳科学分野で最先端の仕事を手がける。その後、2008年に脳科学的な分析で企業や個人向の成功を支援する会社を設立。これまで大人から子どもまで1万人以上の才能を伸ばすことをサポート。著作に『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』『脳科学者が教える集中力と記憶力を上げる 低GI食 脳にいい最強の食事術』(アスコム)など累計著書シリーズ7万部突破。