昨今ではスーパーの入り口付近に1年中ある焼きいも。昔はなかったのに、置いているところが増えたのは、一体なぜなのか。例えば、その香ばしい匂いを漂わせることで、食欲がそそられ全体の売り上げもアップする、ということも……。そして、あのいい香りはアロマだという都市伝説もあるがその真相は!?
若い女性から支持される濃厚な味わい
スーパーに入ると鼻腔(びこう)をくすぐる甘く香ばしい香り……。近年、入り口付近に焼きいも機を置くスーパーが増えている。
「スーパーでの焼きいも販売が一気に広まったのは2010年ごろ。その要因の1つに屋内でいもを焼くことができる機械の開発があります」と話すのは、流通ジャーナリストの石橋忠子さん。
「さつまいもはじっくり時間をかけて焼くことで甘みが引き出され、家庭で焼くのとは段違いのおいしさとなります。そこで、昔の移動販売では薪(まき)やガスの火で熱した石の上にいもを置き、じわじわと熱を加えて焼いていました。だから『石焼きいも』というのですが、この焼き方は火を使うので、スーパーなどの屋内では実施できませんでした」
食品機械メーカーが1990年代後半に安全性が高く消防法に抵触しない電気式の焼きいも機を開発。その後も改良を重ね、誰が作業してもおいしい焼きいもができるようになった。
焼きいもコーナーの増加には、さつまいもの品種改良も影響している。
「以前は、ホクホクした食感の焼きいもが人気でした。しかし、甘くねっとりした食感が特徴の安納芋が新品種として登場。その濃厚な味わいが若い女性を中心に支持され、焼きいもは天然スイーツのような感覚で食べられるようになっていきました」
安納芋は冷やしてもおいしいため、冬の風物詩だった焼きいもが夏も含めて1年中売れる通年商品に変化するきっかけにもなった。
「2007年ごろには安納芋がブームとなり、似た食感の『紅はるか』『シルクスイート』などの新品種も続々と開発されました。生産者側もスイーツのようなおいしさのいもを目指して品種改良に励んだことで、焼きいものイメージは大きく変わり、年齢・性別を問わず広い客層に受ける商品となったのです」
その後、消費者の健康志向が高まり、焼きいもブームを後押しすることになる。
「さつまいもは食物繊維が豊富で、血糖値が上がりにくい食品。そこで、お菓子を食べるより美容や健康にいいと、おやつとして焼きいもを食べる人が増えました。満腹感も得られるので、シニア世代ではお昼ごはんとして焼きいもを食べる人も多いようです」
儲かる、ロスがない商品として優秀
焼きいも機を設置するスーパーが一気に増えたのには、もっと大きな要因があるという。
「実は焼きいもは非常に利益率が高い商品なんです。例えば、400円のお弁当を作るには、たくさんの材料が必要で、加工のための人件費もかかります。
しかし、焼きいもの場合、材料はいものみ。作るのも焼きいも機にいもを置けば、あとは機械がやってくれるから、人件費がかからない。さらに、保温すれば数時間おいしさが持続しますからロスも少ないと、売る側にとってはいいことずくめの商品なのです」
売れ行きは店舗によって差があるが、1日に売れる本数は多い店で70本程度、少ない店で20本程度だという。ちなみに焼きいも機はどのスーパーでも入り口付近に設置されているが、あれはなぜ?
「非常に安全性が高いといっても、焼きいも機は熱を持つ機械。売り場の中に設置すると、混雑時やお客様が買い物に夢中になったときに、焼きいも機に接触する事故が起こる可能性もあります。それを防ぐために、換気できて周囲にゆとりのスペースを確保しやすい入り口あたりに設置されているのでは、といわれています」
さらに、店内に一歩足を踏み入れた瞬間から、焼きいもの甘い香りに気づいてもらうために入り口に置いているという店もある。入り口付近に漂う焼きいもの匂いは食欲をそそるが、あれはアロマの香りで販売戦略の一環という噂もあるが……。
「あのいい匂いは、自然に発生したもの。アロマは使われていないと思います。ただ、香りで購買意欲を高める取り組みは実際に行われていて、カレー売り場でカレーの香料を放つ試みを始めたスーパーもあるんですよ」
海外でも受けた日本の焼きいも
現在、コンビニやドラッグストアでも焼きいも機を設置する店舗が増加中。
「コンビニの冬の看板商品といえば、おでんと肉まんでしたが、顧客には少々飽きられており、近年、売り上げは頭打ち状態でした」
そこで新しい看板商品を探していたところに、焼きいもブームが到来した。
「注文された商品を容器に入れる手間がかかるおでんと比べると、焼きいもは店員の負担も少なめ。冬の看板商品を探していたコンビニ各社にとって焼きいもは、スーパーと同様にメリットが多い商品でした。
またドラッグストアでは、イオン系列のウエルシアが焼きいもの店頭販売をスタート。現在は食品を強化している店舗のみの取り扱いですが、非常に売れているので、郊外のドラッグストアなどで今後、どんどん広まっていくのではないかと思います」
実は日本の焼きいもは、シンガポールなど東南アジア各国でも大人気となっている。その火付け役となったのが、『ドン・キホーテ』のアジア向け店舗『ドンドンドンキ』。
「『ドンドンドンキ』はジャパンブランドの専門店としてアジアで店舗を展開。握り寿司やかつ丼などの日本食の他、日本産の青果などを販売。'17年のアジア進出時にシンガポールの店舗で焼きいもの店頭販売にも取り組んだところ、爆発的な人気となりました」
そもそも『ドン・キホーテ』は日本でも約10年前から本格的に焼きいもの店頭販売を開始。スーパーでの焼きいも販売が一気に広まった牽引役となっていた。そこで、ドン・キホーテなどを運営するPPIHの広報に話を伺った。
「東京の一部店舗だけで行っていた焼きいも販売を広げるきっかけとなったのが、東日本大震災。『茨城県のさつまいもの売り先がなく困っている』という話を聞き、販売店舗を大幅に増やして低価格で販売をしたところ、多くのお客様に認知していただけるようになりました」(PPIH広報、以下同)
価格は、店舗や使用している品種によって若干の違いはあるが、「紅はるか」の場合は1本214円(税込み)(※1)。2021年の国内のドン・キホーテの年間売り上げが、焼きいもだけで累計20億7000万円を突破したというから、その人気はすさまじい(※2)。では、東南アジアで日本の焼きいもを売ろうと思ったきっかけは?
「焼きいもは沖縄の店舗でも売れていたことから、年中暑い東南アジアでも売れるのでは、と考えたことが最初のきっかけです。そこで、シンガポール店の店長に試食してもらったところ、『驚くほどおいしい!』との感想が返ってきて、これはやはりある程度の需要が見込めるのでは、と販売に踏み切りました」
結果、予想をはるかに超える大ヒットとなったわけだが、そこまで受けた要因は?
「海外産のさつまいもにはない、強い甘みが人気の理由となっているようです。また、ねっとりした食感のさつまいもは海外では珍しいため、その目新しさも受けた要因の1つでしょうね」
日本国内同様、甘みとねっとりした食感がヒットの要因に。石橋さんは今のブームをこう分析する。
「当たり前の話ですが、おいしくないものは売れないし、ブームにもなりません。焼きいもに関しては、機械の性能アップとさつまいもの品種改良によって、おいしくなったから売れるようになり、その結果、機械メーカーとさつまいもの生産農家双方で、『もっとおいしいものを作ろう』という機運が高まった。それで改良がますます進むという好循環が起こっています」
この好循環により、さらにおいしい焼きいもが登場するかも。ブームはまだまだ続きそうだ。
(※1)店舗によって取り扱い品種・価格は異なる場合があります
(※2)2021年1月から12月 PPIH(国内)の全数値
〈取材・文/中西美紀〉