2025年には団塊の世代すべてが75歳以上に突入する。その人たちの多くを施設で手厚くサポートできないため、政府は在宅介護を推進している。
無理のない在宅介護の実現には、ホームペルパーの手助けが欠かせないが、全国的に人手不足が続く。
密室の中で起こる驚くべきこと
「在宅介護は介護施設と違い、利用者とホームヘルパーの2人だけ、またはそこに利用者の家族を加えただけの時間がほとんど。密室になってしまうので、ハラスメントを受けても相談できず、悩んでいる人が多いのです」
と話すのは、相談窓口を開設している介護職向けメディア「ケアきょう」の向笠元さん。
「多いのは8割が利用者、残りがその家族とのトラブルです。暴言と暴力、セクハラの3つが多いですね。暴力を振るわれてもヘルパーは抵抗できません。実際にケガをしても社員だったら労災はあるかもしれませんが、非正規だと治療費が負担になることも」(向笠さん、以下同)
暴行を防ごうと抵抗し、利用者がケガをすれば、責任問題になってしまうという。
「セクハラについては男性利用者から受けた女性スタッフからの相談が多いですが、女性利用者が男性スタッフにというのも珍しくはないです」
相談者の約半分は胸の内を吐き出したことでスッキリするが、具体的な対応をアドバイスすることも多い。
「セクハラなら女性が被害者の場合は男性スタッフに替わってもらう、といったアドバイスをします。ただ、昔ながらの考え方が染みついた職場では、女性の管理職から女性スタッフに『ちょっとぐらい触らせたら』と言われて困惑するケースもあるんです」
また、ホームヘルパーは介護保険で賄われているので生活に必要な最低限度のサービスを提供することになっているが、その範囲を超える「過剰要求」も多い。自分より目下とみなし“お手伝いさん”のように働かせたがるのだ。
「最寄りのスーパーに売っていないお茶を買ってこい、といった嫌がらせ的なこともあります」
ほかにも庭の草むしりやエアコンのフィルター掃除などを頼まれた、庭で出産した野良猫の処分を頼まれた、といった相談が今まであった。
「独居の場合はそこがその人の“お城”なので、自分が思っていたような家事をしないとチクチク言われたりすることもあります」
そういったトラブルを起こす利用者は何かしらの原因があったり、本人の意思をうまく表現できない不満で、ハラスメントを起こすといわれる。
「とはいえ、週に数回、短時間しか訪問しないホームヘルパーが、利用者の心の奥まで把握するのは現実的には難しいのではないでしょうか」
介護職と利用者は対等な関係であるべき
「在宅ケアハラの加害者となりやすいのは、昭和初期生まれの人に多いと感じます」
と話すのは、介護アドバイザーの高口光子さん。ケアハラには、日本の介護福祉の政策にも原因があるという。
戦後に核家族化が進み、1963年にできた『老人福祉法』では対象の高齢者は行政が指定する施設に入所した。その後、在宅介護のシステムも作られる。
「今とは人権の考え方が違ったため、これは自治体が権限を持つ行政処分のひとつだったんです。高齢者の幸せ(福祉)には重きを置かれませんでした。その財源は税金ですので、介護職にとっての雇い主は行政。
利用者に対して『お国の金で、タダで介護してやってる』という意識の人もいて、サービスの質がいいといえませんでした」(高口さん、以下同)
それも今でいえば、利用者へのケアハラだ。だんだんと政府の高齢者政策が財政を圧迫し、高齢者の費用負担も増えていく。2000年に『介護保険法』が制定されると、今度は利用者が自由にサービスを選択でき、事業所と直接契約をするようになる。
「それまで“上から目線”になっていた介護現場の意識を変えるために、『利用者はお客様』『利用者の満足度を上げていこう』という教育が行われました。すると、今度は利用者側に『俺は客だぞ。金を払っているんだ』と言う人が出てきたんです」
しかし、事業者に支払われる金額の大部分は公費だ。さらに介護サービス、つまりホームヘルパーの仕事は法律で決まっており、一般的な“サービス業”と同じではない。
「今は介護職と介護サービス利用者が関係を模索する過渡期。社会的にもハラスメントが問題になり、世の中が少しずつ変わってきていますが、まだ昭和世代には、ハラスメントの概念が浸透していません。
介護現場でもケアハラが浮き彫りになることで、お互いがより良い関係になれればと思っています」
ただし、家族間の関係が影響するハラスメントについては、対処が難しいと語る。在宅介護の現場にも高齢の親が、ひきこもりで中年の子どもの生活を支える「8050問題」の波が来ているのだ。
「私が見聞きするのは、お母さんと息子さんが多いのですが、世間が狭い息子さんがケアのやり方が少しでも気に入らないと、ホームヘルパーに対して厳しく当たったり、セクハラ的な言動をするケースも。ケアマネジャーなど含め、複数人で対応を考えていく必要があります」
ケアハラしないためにも利用者側は契約書の確認を
「介護サービスを開始するときには、最初にケアマネジャーが、利用者やその家族と契約を交わします。事業所によっては、『乱暴な発言や暴力、迷惑なセクハラ、パワハラと思われる言動があった場合は、サービスプランを中止させていただく場合もあります』といった内容が契約書に書いてあるところも」
ホームヘルパーの仕事は、主に「身体介助」「生活援助」「通院時の乗車・降車などの介助」と決められている。
その中で、利用者側が誤解しやすいのは「生活援助」だ。これには食事の準備や掃除、洗濯、ゴミ出し、日用品の買い物代行、服の補修、部屋の片づけなど、日常生活のサポートが多く含まれる。
「そのサービスを超えた仕事を頼みたいという場合は、介護保険外なので別料金で自由契約を結ぶ必要があります」
事業所によっては『ケアプランで規定されたもの以外は行いません』という場合もあるが、ケアマネジャーに相談すれば介護保険外のサービス提供をしてくれる事業所を探すことも可能だ。
「契約書をよく読むように伝えても、『わかった、わかった』と聞き流してしまう利用者やその家族が多いんです」
高齢者や障害者になれば同じ自宅でも、まったくの健康体のときとは違う危険がある。
「特にご家族には高齢の親を自宅で、他人にケアしてもらうということはどういうことか、契約するときによく理解してほしいのです。不測の事態が起こったとき、それらをホームヘルパーのせいにしてしまっては信頼関係を築くのは難しくなります」
一方で、ホームヘルパー側にもケアハラの知識が不十分だと高口さんは苦言を呈す。
「事業所でもハラスメント対策が義務付けられており、社内に相談窓口があるのですが、実はあまり活用されていません。
上司に報告すれば組織として対応することは可能なのですが、なかなか相談しない。それに、ケアハラの相談窓口は自治体にもあります」
非正規のヘルパーは、ケアハラを訴えて仕事が減ると困ると考える人もいるが、今はヘルパー不足なので、対応してくれる事業所も多いという。
「ケアハラの境界線は利用者との関係によるので、曖昧であるのは事実です。仲が良ければ『やってあげる』のが苦ではないことも。ただ、ヘルパー自身が嫌だ、怖いと感じたら、毅然たる態度でその場で断っていい。そこは難しく考えないでいいと思います」
在宅ホームヘルパーの心の叫び
現場のホームヘルパーからの悲痛な声が介護職向けメディア「ケアきょう」にも届いている。相談者は40~50代からが多いが、20代からの相談も。
セクハラ
片半身が麻痺している男性利用者さん(70代)は介助中に執拗に身体を触ってきたり、私の衣服の中に手を入れようとします。
注意をすると「あなたにつかまっているだけ」と。さらに、おむつ交換時に自慰行為の手伝いをしろ、陰部を触ってほしいなどの要求もされます。一人で介助に行くのをなるべく減らしていますが、人手不足で難しい時も多いです。
上司に相談しても「注意します」と言うだけで、改善されません。労基にも相談をしましたが、患者ということで難しいと言われました。(女性)
訪問介護中に男性利用者が性処理を強要してくるのは犯罪にあたりますか? 私は断りましたが仕方なくしている職員もいるようです。(男性)
暴力
利用者さんの暴力で首と腰のケガをし、現在休業中です。利用者さんは認知障害の症状があるため、訴えることもできません。
休業中の給料の申請は、どう頼めばいいかわからない状態です。労災は申請しましたが、振り込みはかなり遅くなり、ケガもなかなか治らずに毎日痛み、生活に困っています。好きな仕事だったのですが、ガックリきています。(女性)
過剰要求
以前勤めていた事業所では、介護保険外のことも「利用者の要望であれば」やるように言われました。例えば粗大ゴミの搬出や、どうしてもこれじゃなくては嫌だという買い物(例えば、お茶の銘柄指定)といった、介護とは関係のない仕事です。
しかし、自宅にすみ着いた動物の処理をさせられたときは、悔しくて涙が出ました。利用者は神様なのでしょうか? この一件があって、6年間ほど働いていた訪問介護の仕事を辞めました。(女性)
※個人が特定されないよう一部改変・加工しています
教えてくれたのは……
(取材・文/宇野美貴子)