女性なら誰でも感じたことがある乳房の痛み。「ホルモンの影響かも?」と放置しておくと、その陰には大きな病気が隠れていることも……。
痛みを自己判断で放置してはいけない
「乳房の痛みには、生理的なものと病的なものがあります。病的な痛みは放置しておくと、状態が悪化して、手術や入院が必要になることがあるので注意しましょう」
と語るのは、千葉大学病院乳腺外科医の榊原淳太先生。
「生理的な痛みとはチクチク、キューッとなるもの。女性ホルモンのバランスが悪く、特にエストロゲンが過剰になると、乳腺に変化が起こって乳房が硬くなったり腫れる『乳腺症』になり、痛みが生じるのです。数日から数週間で痛みがひけば、心配はありません」(榊原先生、以下同)
40代に多いとのことだが、なりやすい人に共通点はあるのだろうか。
「更年期障害に対してホルモン補充療法を行っていると、女性ホルモン濃度が高まり、乳房痛を起こすことがあります。
また、体脂肪が多い人や乳腺内脂肪が多い人は、閉経後も乳房痛を感じることも。脂肪細胞から、エストロゲンを作るための酵素が出ているからです」
乳腺症の痛みは、食べ物や喫煙で程度が変わることも。
「カフェインや脂肪、ニコチンは乳房痛の原因と考えられています。カフェインや脂肪の多い食事、喫煙を控えると痛みが緩和するといわれます」
乳腺症の痛みをよく感じている人は一度、控えてみては。
「ただ、痛みが繰り返し起きたり、悪化するなど、強く不安を感じる場合は、必ず乳腺専門クリニックを受診してください」
一方、病的な痛みの場合は注意が必要といわれる。
「乳房痛には、乳腺炎や膿瘍(のうよう)による痛みがあります。皮膚を押して痛い場合は、膿(うみ)がたまっていることもあります。主に、乳汁がたまったり、細菌感染による炎症が原因。
膿が多くなると痛みとともに腫れやしこり、皮膚が赤くなるなど見た目にも症状が現れます。38度を超える発熱も症状のひとつです」
乳腺炎や膿瘍の場合は、病院で切開して膿を出したほうが治りが早いことが多い。抗菌剤、消炎鎮痛剤などを投与するなどの処置を行う。
「放っておくと、とにかく痛いです。腕のほうまでパンパンに腫れて痛みが我慢できず、救急車で運ばれてきた患者さんを診たこともあります。
場合によっては菌が血液中に回り、菌血症など重大な病気につながることもあるので、我慢は禁物です。自己判断で乳腺の痛みを放置しないことが肝要です」
痛みが続くときは乳房の見た目をチェック
40代以降、乳房痛で心配になるのは乳がんだ。乳がんは世界中で、女性が罹患(りかん)するがんの1位。わが国では年間9万7千人が乳がんにかかり、約1万5千人が死亡している。
30代から増加傾向にあり、40代後半から50代前半がピーク。60代からは安心かというと、「60代前半〜70代後半にかけても乳がんに罹患するピークがあります」と榊原先生は話す。
シニア世代も油断は禁物だ。そこで気になる乳がんと痛みは、どのような関係があるのだろうか。
「乳がんは初期の段階では痛みを感じることはほとんどありません。しかし、しこりが大きい、リンパ節転移があるなどステージが進むと痛みを感じることも。がんによる痛みは患者さんによって異なるので、乳腺外科医はその声に耳を傾け、正確な診断につなげることが重要です」
しかも、痛みが強く出る場合がまれにあるという。
「リンパ管にがん細胞がつまってしまう『腫瘍塞栓(しゅようそくせん)』という状態になると、リンパの流れが滞り、乳房が赤く腫れあがって痛みが出ることも」
痛みの出方はさまざまで、些細でも続いている場合は軽視はできない。もうひとつのポイントが“見た目”。
「乳がんの場合、痛みよりも、しこり、ひきつれといった所見がよくみられます」
ひきつれやへこみ、しこり、腫れ、赤み、分泌物をチェック。乳房の大きさや形の変化があれば、検査しておきたい。
湿疹?かぶれ?実は乳首のがん
衣服のこすれ、湿疹、かぶれなどでも、乳首や乳輪に痛みを感じることがある。
「皮がむける、かゆみがあるなど湿疹やかぶれのような症状だと、皮膚科を受診する方が多いようですが、注意が必要。『パジェット病』という乳頭、乳輪に限った乳がんの可能性があるからです。
皮膚科で湿疹と診断され、ステロイド軟膏を塗り続けても治らず、乳腺クリニックを訪れる患者さんの中にパジェット病は少なくありません」
痛みやかゆみのほか、乳首や乳輪の皮膚がただれて出血したり、かさぶたになっている場合は特に、パジェット病を疑って組織を採取して検査を行うそうだ。
パジェット病の場合、乳頭と乳輪にとどまるがんのため、転移の心配は少ないという。また、乳房の痛みかと思ったら、循環器系の病気だったというケースもある。
「狭心症や心筋梗塞、不整脈で、胸が痛むことがあります」
循環器系の病気は、命の危険もあるので、放置は禁物だ。
夢野かつきさんの体験談:乳房に針で刺したような痛み翌月に乳がんが発覚!
8年前、右胸の乳首の先っぽを針でチクチク刺されるような痛みを感じました。しかも、外からではなく、内側から……。
普段では感じることのない痛みに不安を抱き、乳房を触ってみたところ奥のほうに2cm程度のしこりがありました。マンモグラフィ検査ができる病院へ行ったところ、がんが疑われ、後日、大学病院で精密検査を行って、ステージ2Bの浸潤性乳がんと判明。
日頃元気で風邪もひかず、痛み以外の症状は何もなかったので、まさか自分が乳がんと診断されるとは思っていませんでした。抗がん剤治療、全摘手術を行い、治療は完了。現在は乳房の再建手術を終えて、やっと日常を取り戻しました。
マンモが基本。可能なら超音波も+
もし痛みが治まらないときは何科に行けばいいだろうか。
「乳腺外科です。マンモグラフィ検査や超音波検査ができる乳腺専門のクリニックを受診しましょう。クリニックの選び方は、日本乳癌学会が認定する乳腺専門医や認定医がいるところがいいでしょう。
大きな病院と連携があるクリニックは、症例数も多く、選ぶポイントになります。提携病院があるとより安心です」
基本的に問診のあと、検査を行うという流れになる。
「マンモグラフィと超音波の2つの画像検査を受けることで、乳がんの早期発見につながります。腫瘍が小さく、乳腺と重なっている場合には、マンモグラフィ検査の画像だけだと見えないことがあるからです」
実際、2つの検査を受けたことで早期に手術ができたケースも多い。
「検査でがんが疑われると、組織検査など次の精密検査へ進みます。膿による痛みや腫れがひどい場合は、鎮痛剤や抗菌薬を投与し、膿が多い場合は切開することもあります」
気になる触診や視診は?
「乳頭や乳輪に治りにくい湿疹がある、乳房にしこりやひきつれがあるなど患者さんから症状の訴えがあった場合には行います。2つの画像検査を行った上で、必要に応じて、視診と触診という流れになります」
乳房痛での受診は、ほとんどが乳腺症だとか。
「悪性腫瘍であるケースは少なく、検査画像を詳しく説明すると皆さん安心されます」
乳房痛で不安にならないためにも、乳がん検診を定期的に受けることが大切だ。
(取材・文・イラスト/ますみかん)