「今はまだ、娘が近くにいるような感じがするんです。だから、まだ本当に寂しいという気持ちが湧かなくって」
娘の遺影と遺骨を前に母親の中村明子さん(仮名)は、大切な娘(当時4)が殺されたショックを、まだ実感できない。
殺したのは父親。中村さんの元夫だ。
4月23日、月に1度の面会交流の日の夜、兵庫県伊丹市のマンションの一室で、娘は命を奪われた。娘の首にはネクタイが巻かれ、元夫はネクタイで首をつっていた……無理心中だった。
元夫は昨年11月、自暴自棄になり自ら離婚届を提出。その後、寂しくなったのか復縁を申し入れてきたという。
「借金はする、酒は飲む、暴言を吐く、部屋を荒らす、浮気をする。もう限界で、あのストレスの日々に戻ることは無理でした。弁護士を立て離婚調停を始めました」
調停中だったが、昨年12月、今年1月2月と、中村さんは娘を父親に会わせている。
「本当に空気が読める子で、元夫に会って帰ってきたとき“パパ、謝ってたよ。許してあげーや”って私に言うんです。私はもう会いたくなかったので“近くだからまたすぐ会えるからなぁ。おもちゃもこっちに全部あるで”なんてごまかして……」
必死に両親の仲をとりもとうとする娘の健気さが、その言葉からは読み取れる。
4月に離婚調停が終わり、月1回の面会交流が決定。元夫が娘に手をかけたのは、その1回目の面会日だった。
「朝10時に、うれしそうに出かけていった娘を見たのが最後です。面会交流終了時間は午後5時だったんですが、何の連絡もなくて、午後7時ごろに警察に連絡をしました。午後9時過ぎ、元夫の兄と警察官がベランダから窓を割って部屋に入ったところ、2人が倒れていたそうです」
後日、警察に見せてもらったマンションの防犯カメラには、うれしそうな娘の姿が残されていたという。
「映画を見て、おもちゃを買って、最後にちゃんと父親したかったんでしょうね。娘まで勝手に連れていって、最後の最後まで自己中で……」
娘を行かせなければよかった。そんな思いはないのか。中村さんは、
「娘の遺体と対面したときは、“ごめんな。行かせてごめんな”と後悔ばかりでしたが、結局いつかは起こっていたんじゃないかと思います。弁護士さんからも“連れ去りは大丈夫ですか”と第三者が立ち会う施設の利用なんかもすすめられていましたけど、まさか自分の娘に手をかけるなんて思いもしませんでした」
そして、今回の事件の原因についてふれる。
「彼の弱さが起こしたものだと思っています。養育費も払えないように仕事も辞めていたみたいで、私を困らせてやろうという気持ちがあったんだと思います。それと、やっぱり帰り際、子どもが可愛くなったのかもしれませんね」
実の娘を亡くした今だからこそ、中村さんは思うところがあるという。
「子どもが会いたいと言うのなら父親には会わせるつもりでしたし、その気持ちを酌むのが親の役割。子どもに会えないのは寂しいでしょうし、子どもにとっても面会交流は必要です。私がお話をすることで、2度と同じような事件が起きないように、何かが変わればと思っています」
児童心理学の専門家で東京国際大学の小田切紀子教授は、
「問題が起こるかもしれない。連れ去られるかもしれない。そういった場合には、家庭問題情報センター(以下、FPIC)のような第三者が立ち会っての面会交流も可能です。なにより何のために行っているのか。父母がしっかり理解することが大切です」
『親子の面会交流を実現する全国ネットワーク』略称『親子ネット』によれば、毎年約24万組の離婚が成立しているが、子どもとの面会交流ができていない親は7割、毎年約16万人の子どもが別居親との関係を断絶させられているという。夫婦は離婚すれば他人だが、子どもにとっては父親も母親も変わらぬ親。小田切教授は、
「だからこそ、夫婦の問題と親子の問題は、切り離して考えてほしい」
と話し、さらに続ける。
「子どもにとって離婚は、青天の霹靂。妻と夫の関係を終えたとしても、父と母という役割から、子どもの負担をどうしたら減らせるか、子どもをいちばんに考えてほしい」
とはいえ、お互いにいがみ合っている夫婦は、不寛容の感情が先走る。その結果、別居親が子どもに会えないケースが続出しているーー。