年明けに飛び込んできたSMAPの解散報道。決裂のキッカケは、昨年1月、『週刊文春』が報じた『ジャニーズ女帝 メリー喜多川 怒りの独白5時間』(1月29日号)と題されたスクープ記事で、ジャニーズ内の内紛について語ったこと。
そして、昨年9月ごろにSMAPの育ての親・Iマネが紅白歌合戦(NHK)の司会にSMAPをブッキングしようとしたところ、対立するメリーさんがその話を聞きつけ激怒。IマネとSMAPにクビを言い渡したという。
さらに、新事務所も決まりかけていた矢先、木村拓哉が「ジャニーズに残る」と言い出し、“5人一緒なら”という条件で進められていた移籍の話も破談になってしまった。
「すでに9月ごろから、メリーさんは親しい関係者に“SMAPは独立しても、コンサートの営業権と木村は渡さない”と話していたそうです。つまり、怒りに任せてSMAPを追い出したが、年間200億円を超える事務所への収入をみすみす渡したくなかった。
コンサート関連だけで100億円以上入ってきますから。もしかしたら、木村とは早い段階で戻ることで話がついていたのかもしれませんね。まあ、彼女にそうアドバイスした人がいたんでしょうが」(芸能プロ関係者)
そんなことがウラで行われていようなど、まったく知らない木村以外のメンバー4人とIマネ。特に中居の怒りは相当なものだという。
「中居は事務所を移ったとしても、5人でSMAPをできると思っていました。12月ごろには、中居の耳にもメリーさんがコンサートの営業権を持ち続けることは入っていたはずですから。でも、木村の離脱でその可能性は低くなった。彼の落胆ぶりが想像つきます」(別の芸能プロ関係者)
木村の決意は固いようだ。
「Iマネ側も、木村へ戻ってくるよう説得したそうです。おそらく中居クンも木村クンに直接、一緒にやろうと話したのかもしれません。でも、木村クンの決意は固かった。これでは、新しい事務所へ移ることもできず、4人は進退きわまってしまった」(レコード会社関係者)
打つ手を見いだせないままIマネと4人のメンバーは1月12日を迎える。この日、Iマネはジャニーズ事務所の子会社『ジェイ・ドリーム』の役員を辞任した。
「そのころ、『週刊新潮』がジャニーズ独立の記事を取材していた。どうも、情報源はIマネに近いところと聞いています。彼女としては、SMAPの窮状を世間に知らせ、状況を打開しようとしたのでしょう。つまり、自分は芸能界から身を引いても、何とか中居、草なぎ、香取、稲垣は芸能界で生きられるようにしたいんです」(スポーツ紙記者)
『週刊新潮』が発売される前日の1月13日、『スポーツニッポン』『日刊スポーツ』がSMAPの独立を報じる。そこにはクーデターという言葉が並び、あたかも木村以外のメンバーとIマネが独立を画策したような記述だ。
「『新潮』の先手を打って、スポーツ紙が独立を報じた。おそらくジャニーズ側に近い人たちがネタ元だと思いますよ。つまり4人のメンバーとIマネを悪者にし木村を善人にする必要があったんでしょう」(ワイドショー関係者)