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 かつては一家の“嫁”が担うものとされてきた介護。その風景は、少子高齢化や非婚率の上昇に伴い様変わりしている。結婚していない子どもが親の介護を担う『シングル介護』が増えつつあるのだ。

「認知症の母を殺しそうになったんです」

 そうショッキングな告白をするのは和氣美枝さん(44)。シングル介護が始まったのは32歳のとき。それ以来、常に働きながら母を看続けてきた。

「『アルツハイマー型認知症』とわかる前から、母はうつ病のなかでも症状の重い『反復性大うつ病』にかかっていました。気分にアップダウンがあって、ひどいときは着替えもできないし、ごはんも食べない。薬も飲めない。うつ病の治療で入院させたほうがいいのはわかっていたけれど、入院して環境が変わると、今度は認知症が進んでしまう。怖くて躊躇していました」

 ある日、薬を飲もうとしない母に、和氣さんはペットボトルの水と薬、キウイフルーツを無理やり口に押し込んでしまう。はっきりと殺意を感じていた。

「私さえガマンすればいいと思っていました。そのうち、自分でも何がつらいのかわからなくなっていた」

 このままでは殺してしまう。思わず身震いした和氣さんは、親を介護している仲間や支援者に相談。限界を認めて母を入院させることに決めた。

 そして、「母を殺さずにすんだのは、どこに助けを求めればいいかわかっていたし、支えてくれる人たちがいたから」と断言する。

 実は和氣さんは、働く介護者の相談に乗ったり情報提供したりする『ワーク&ケアバランス研究所』の主宰。言わば“介護者のプロ”だ。しかし、専門知識と経験をあわせ持つ立場であっても、過度の負担にひとりで長く耐えられるものではない。

「おひとりさまの介護は、何でも自分で決められるというメリットがある一方、ひとりで問題を抱え込みやすい。特に、ひとりっ子の場合、育ててもらった親への感謝が深く、介護にのめり込む傾向があります。親子で依存して縛り合う関係に陥りがちです」

 これがシニアであれば、同世代の介護者を見つけて情報交換したり、悩みを打ち明けたりすることも比較的容易だ。しかしシングル介護に多いのは40~50代の働き盛り。地域コミュニティーとのかかわりも薄い。

「介護を受ける人には、介護保険がある。ケアマネージャーもいる。一方で介護をする人には何もないのが現状です。自分から“助けて”と声を上げなければ誰も助けてくれないし、残念ながら守ってくれる制度もありません」

 どこへ、どのように声をあげればいいのか。介護経験のある人たちや支援者が集い、相談もできる『ケアラーズカフェ』が手っ取り早い、と和氣さん。

「ケアマネージャーって何? という基本的な話から、角を立てずに担当者を代えてもらうためのノウハウまで、介護する人にとってかゆいところに手が届くアドバイスがもらえた。カフェが近くに見当たらない場合でも、介護経験のある人を頼って。それが難しければ、地域包括支援センターや行政という順に相談するのがいいでしょう」

 現役世代が多いシングル介護の場合、仕事との両立も悩みどころだ。政府はアベノミクス『新・三本の矢』に“介護離職ゼロ”を掲げるが、介護休業制度の利用率はわずか1割にとどまる。

「自分の人生をどうするかを優先に考えてほしいですね。仕事を辞めなければいけないと決めつけないで。迷った末に、介護をやめることもできる。選択肢はありますから」