夏といえば怪談がつきもの。そこで怪談師として活動する観雪しぐれさんに、友人の恐怖体験を教えてもらった。
「これは、私の友人がライフセーバーの男性から聞いた実話です。舞台は関西にある、寂れた海水浴場。そこに父親と小学校低学年ぐらいの娘が2人で遊びに来ていたんです。父親は砂浜でくつろぎながら、娘が波打ち際でパチャパチャと遊んでいるのを見守っていました」
ふと気がつくと、娘がどこから拾ってきたのかわからない、汚い人形を持っていたという。
「“それ、どうしたの？”と聞くと、娘は岩場のほうを指さしながら“これ、ミキちゃん! 向こうで拾ってきた!”と言うんです。父親は訝しがりながらも、“ダメだよ、誰のものかもわからないのに。戻してきなさい”と叱ります。でも、娘は“いやだ、ミキちゃんと遊ぶ!”と、頑として聞きません。帰るときは元の場所に戻すようにと諭して、様子を見ることにしました」
しばらく波打ち際で遊んでいた娘は、そのうち人形を自分の浮輪に乗せて一緒に泳ぎ始めたそう。
「その日は曇り空だったこともあり、人影もまばら。静かな時間が流れる中で、父親もつい娘から目を離してボーッとしてしまいました。そのときです。“ミキちゃん! ミキちゃん!”。叫び声でわれに返ると、娘が沖に向かって水を掻いている。人形を海に落としてしまったのか、手には持っていません。父親は慌てて娘のほうに向かって泳ぎながら、思ったより沖のほうに出てしまっていることに気づきました」
大人の足も海底につかない深さで、潮の流れも意外と速い。
「“これはまずい……”と思いながら、視線の先の娘を見ると、その瞬間、まるで浮輪の下から何かに引っ張られるように、娘の姿はズボッと視界から消えました。父親は全力で泳いで向かい、浮輪の下あたりに潜りました。すると、視界が悪い中で娘が必死にもがいているのが見えます。すぐに手をつかんで引っ張り上げたものの、娘はショックで茫然自失状態。浮輪は流されてしまったのか、どこにも見当たりません」
とにかく浜辺に戻ろうと娘を背中に背負ったという。
「“しっかりつかまってなさい!”と、自分の首に手を回させたんです。娘は無言でギュッと力を入れます。父親は一心不乱に泳ぎました。しかし、海中で人を救助するのは、たとえ相手が子どもでも至難のワザ。背中の娘も、すごく重く感じます。どうやら海水を飲んでいるらしい─」
やっとの思いで、足がつくところまでたどり着き、最後の力を振り絞って浅瀬を歩いていた矢先……。
「背中の娘が力なく落ち、バシャッと水音を立てます。“大丈夫か!”。振り返った父親は、言葉を失いました。そこに横たわっていたのは、娘が遊んでいた人形のミキちゃんだったのです……。何が起きたのか、わかりません。半狂乱で沖に戻り、海中を探し回ったものの、娘は見つからない。人を呼んで捜索が行われましたが、やはり発見できなかったそうです。私が思うに、その人形は自分が助かるために娘のふりをしたのではないでしょうか。今もどこかの浜辺で、誰かを引きずり込もうとしているのかもしれませんね……」
