働く障がい者を取り巻く課題

 前述したとおり、国は企業に対して障がい者の法定雇用率を引き上げ、もっと雇い入れるよう促してきた。一方で、中央官庁や自治体による障がい者雇用の水増しが発覚。支援の現場は怒りの声を上げている。

「最近は障がい特性の理解を重視する企業が増えつつある」と上野さん
「最近は障がい特性の理解を重視する企業が増えつつある」と上野さん
【写真】仕事への思いを生き生きと語る鶴田さんと高橋さん

障がい者が社会でともに働けるよう推進する立場でありながら、国が水増しするなんて許されません」

 そう指摘するのは東京家政大学名誉教授で、社会福祉法人『豊芯会』理事長の上野容子さん。弁当の調理や配膳、カフェ事業など、障がい者に向けた就労支援サービスを運営している。

 障がい者の法定雇用率が義務づけられたのは1976年。身体障がい者に限られていたが、'98年には知的障がい者が、今年から精神障がい者が追加された。ただ実際は、障害の種類で格差が生じている。自治体の正職員採用試験の障がい者枠で、35道府県が身体障がい者に採用を限定していた。

「精神障がい者の場合、4月から対象に含まれるなど始まったばかり。雇用促進は、これからの話です」(上野さん、以下同)

 精神障がい者への誤解や偏見は、いまだ根強い。

「幻聴や妄想の症状があったとしても、危険なことはありません。障害への理解があり、当事者が安心して働ける環境ならば、8時間労働も可能なんですよ」

 障がい者が働くにあたり、理解と安心は重要なカギ。

「障害はマイナスにとらえられがちですが、仕事に生かすこともできます」

 豊芯会が運営するカフェでの話。そこで働く発達障害の男性はこだわりが強く、いちいちメモを取らないと作業ができない。そんな彼に在庫管理に回ってもらうと、驚くほどの能力を発揮した。カフェから原材料の欠品を一掃させたのだ。

「障害の特性を理解し、それを生かせば、生産性を上げることさえできます。企業には、そういうノウハウを培っていただきたい」

 まず障がい者とともに働いてみる。すると、どういう状態が働きやすく、どう工夫すればいいかわかる。

「身体障がい者の雇用が促進されつつあるのは、ともに働き、雇用を続けた歴史があればこそです」

 上野さんは、企業に対し支援者など「福祉のプロ」への相談をすすめている。

豊芯会ではオフィスさながらの空間でジョブトレーニングも行う
豊芯会ではオフィスさながらの空間でジョブトレーニングも行う

「企業の担当者は、ぜひ1度、地域の就労・生活支援センターや就労移行支援事業所などの就労支援関係事業所、地域生活支援センターの相談支援窓口や行政の相談窓口を訪ねてほしい。効果的にサポートする方法のほか、障害を仕事に生かす方法を提案してくれます」

 相談は、もちろん当事者にもメリットがある。

仕事に就くまではもちろん、働くうえで生じるトラブルや困りごとに向き合い、一緒に考え伴走してくれるサポーターの存在は大きい。サポーターがいる人は長く安定的に働けています」

 厚労省の最新データでは、働く障がい者は49万5795人と過去最高を更新。すでに職場の同僚として関わる読者もいるだろう。

「気を遣いすぎると疲れてしまうので、自分の気持ちも伝えながら接する。例えば、注意するときは“あなたのここが心配。心配していると私も疲れる。だからこうしてほしい”と言う。すると“自分を知ろうとしてくれているんだ”と伝わりますよね。それは障害のある人たちにとって大切なこと。障害を理解するだけの一方的な関係ではなく、お互いに人として共感しあえる環境を作り上げることが大切だと思います」