14:50
深い帽子に、大きなマスクでリュックを背負った30代と思われる女性。取材をお願いすると、キッとした目で睨みつけ、一言も発せず立ち去った。誰にも言えない、重い祈りもある。
18:16
「15~16年前、1回来て、それ以来ですね」
と板橋区の不動産会社勤務・岡本太さん(仮名、38)。妻(42)と小学生の息子(11)と3人連れだった。
「不動産業界は五輪バブルで盛況ですが、ボクの仕事はうまくいっていない。その悪い流れを切りたい」
と岡本さん。
妻は、
「悪い縁を切りたいと祈りましたが、それほど真剣ではないですよ」
と話す。
息子は、
「……特に、ない(笑い)」
という。
仲のいい家族なのだろう。
■3日目=12月20日(木)
9:41
「“縁切りでは都内で一番ご利益がある”と聞きました」
と東京・町田市の会社員・立石梓さん(仮名、20)。仕事が休みの日を利用し、電車で約2時間かけてきた。
「職場恋愛で約10か月付き合った元彼と今年9月に別れたんです。真面目でおとなしい人だけれど、ひとことで言うと、疲れちゃった。毎日、会いたがるし、1日に20通もメールやLINEが来るんですよ。すぐに返事しないと、ぶつぶつ言われるし。
別れたあと、職場で私の机の上に嫌がらせの手紙を置いたり、会うたびにひどい言葉を言われるんです。“性格クズ!”“死ねばいいのに!”とか。睨みつけたりもする。恨んでいるんでしょうけれど、度が過ぎるんです。職場で毎日、顔を合わせるので、本当にしんどい。上司に相談して、あと1回やったらクビと宣告されています」
縁切榎に社務所はなく、宮司もいない。絵馬は近くの蕎麦店、美容室で販売している。売り上げは、ほこらの管理や慈善事業などに寄付する。
立石さんは、絵馬を1000円で購入して書いた。
〈元彼と縁を切りたい。彼がほかの女の子と幸せになれますように〉
ただ決別するだけでなく、元彼の幸せを祈る穏やかな心遣いがあった。一心に祈る姿からは“限界”が近づいている様子がうかがえる。このあと、どうするのか。
「親族の紹介でお見合いをしたんです。その人とうまくいくかどうかは、まだわかりませんが、もし、ここで願いが叶わなかったら、京都にいい縁切り神社があるというので、そこへ行こうと思っています。清水寺もいいと聞くので、そこへも。それから、もしここで願いが叶ったら、今度は東京大神宮へ縁結びに行こうと思っています」
警察には相談していないという。祈るだけならば、元彼を傷つけずにすむ。終わった恋とはいえ、一度は互いに思い合った元彼女の気持ちに元彼は気付けるだろうか。