妊活中の弱音
34歳で現役を引退。36歳で夫・走さんと結婚した愛は、すぐに子どもが欲しいと思い、身体のチェックをしてもらうために夫と2人で産婦人科の門を叩いた。
「2人とも身体には問題がなく、すぐに妊娠しましたが、妊娠5週間で心拍確認できる前に流産。ショックで1か月くらい落ち込みました」
医師のすすめもあり人工授精にステップアップ。4回トライしたにもかかわらず妊娠する兆候は見られなかった。
愛のそばで優しく寄り添っていた走さんは、
「生理がくるたびにシュンとする愛にかける言葉もありませんでした」
と話す。
愛の中にもこんな感情が芽生え始めていた。
「私は今まで努力してベストを尽くすことで自分の人生の糧になるようなご褒美をもらってきましたが、頑張ってもどうにもならないことがあると思うようになりました」
人工授精がダメなら、次は体外受精。そう簡単に割り切れるものではなかった。
そこで妊活をしばらく休み、東洋医学を取り入れた体質改善を思い立つ。
「選手時代は体幹を鍛え、腹筋をつけたりと男性的な身体作りをしてきましたが、今度はお母さんになる準備をするために優しいボディラインを目指して、ベリーダンスを始めたり、身体を温めるためにビワの葉温灸に通ったりもしました」
そうした生活を1年半続け、身体が変わってきていると実感が持てるようになってもなお、愛は体外受精に踏み切る勇気がなかなか持てなかった。
「もし体外受精までやって子どもができなかったらどうしよう。その恐怖感から、どうしても踏み切ることができませんでした」
夫の走さんには、あきらめる選択肢もあった。
「当時、2人の間では人工授精までと決めていました。体外受精は愛の身体にも負担がかかる。あんなに頑張ってる愛に、僕からはとてもじゃないけど言い出せないと義母にも伝えていました」
─もしできなかったら……
そんな恐怖と闘う愛。その背中を押したのは、またしても母の芙沙子さんだった。
「もういいかな。2人の人生も楽しいかなって、思うんだ」
と弱音を吐く愛。すると母にこう諭された。
「ここであきらめてしまうのは、あなたらしくないじゃない。できることはすべてやって最後までトライするのがあなたらしいと思う。それでもできなかったら2人だけの人生を楽しめばいいじゃない」
それはプロテニスプレーヤーとして引退の危機に瀕した愛を救った金言と同じ言葉。
二人三脚でスランプ克服に挑んだ日々が脳裏に甦った。