母にはただひと言、謝ってほしい
彼はひとりで、とある精神科クリニックを訪れ、福祉とつながって生活保護を受給することとなった。だが、彼の優秀さはここでも搾取される。クリニックが運営しているNPO法人の事務局長に任命され、8年近くただ働きをさせられたというのだ。
「治療過程の“作業”という理屈ですが、私は動き回って助成金をとってきたりもした。なんかおかしいと思っていたら、見事に切られました」
ある日突然、事務局長を解任されたという。
今、彼はその顛末を記事に書いたり、同様の被害者の話を聞き集めたりしている。
同時にひきこもりと老いを考える『ひ老会』も主宰、仲間たちとともにこの先を考えていこうとしている。
「母には無限に聞きたいことがあります。でも本当はひと言謝ってくれればそれでいい。それさえ高望みでしょうけど。恨みや憎しみがあまりに大きくて、もう感情としては出てこないんですよ」
彼は妙に穏やかにそう言った。あきらめが、うつになっている。まだ憎しみもある。
「怒りや恨みって、結局、マイナスの愛着なんです」
彼は今さら求めても無理だとわかっているのだ。それでも、どこかに残っている「子どものころの彼」が親の愛情を求め続けている。
【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】
かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆