オペラ座の地下に棲む、神出鬼没の「ファントム」の悲哀劇を描いた『オペラ座の怪人』。誰もが知るミュージカルの“代名詞”とも言える作品だ。そして、ここミュージカルの聖地・帝国劇場を根城にする“怪人”が存在したという。

「'00年のスタートから、今年で実に1700回を上映したミュージカル『Endless SHOCK』主演の堂本光一クン。

 それゆえに、たびたび“帝劇の怪人”と形容されるのですが、彼以上に長く帝国劇場に出入りしていたのがジャニーさん。我々の間では、“本当に帝劇に住んでいるんじゃないか?”“怪人はジャニーさんだ”と言われてきました(笑)。それほどに帝劇を愛していただきました」(舞台制作関係者)

 ジャニーズにとって、またファンにとっても帝劇は“聖地”だ。デビューを夢見て舞台に立っては自身を磨くジャニーズJr.と、そして彼らを応援するファンがいる限り、ジャニーさんは彼、彼女たちのためにステージを創り続けた。

 それだけに多い時には、1年の半分を帝国劇場で過ごしていたとも。

「光一クンの『SHOCK』が始まったころは、ひとりで突然いらしたと思えば、誰にも知られずにいなくなってしまうような、それこそ神出鬼没。

 最近は、スタッフに付き添われていましたが、それでも手すりを使って階段を下りたりと自分の足でしっかりと歩いていました。ジャニーさんが座るのは2階最前列のA列で、ステージの隅々まで見渡せる席。ひとりひとりをしっかり見ていたそうです」(同・舞台制作関係者)

 ジャニーさんが出没したのは劇場内だけではない。大勢のファンが行きかうロビーにも姿があった。

「いつもの黒いキャップをかぶり、お祝いの花が並ぶ場所の近くの椅子に座ってはファンの表情を見たり、声に耳を傾けていました。素直な感想を聞いて、演出の参考にしていたのでしょう。たまにファンに気付かれるのですが、ススっと姿を消していたそうです(笑)」(舞台スタッフ)

 ジャニーズ事務所のトップらしからぬ、こんな姿も見かけられていた。

大量のジュースをロビーで買っては、それを観劇に来ていたJr.に配っていましたね。まるで大勢の孫の面倒を見るおじいちゃんといった雰囲気でした。晩年は、そんな孫が立派に育ってデビューしていくのが何よりも生きがいだったみたいですよ」(同・舞台スタッフ)

 帝国劇場に隣接する国際ビル地下街には、喫茶店やレストランが並ぶのだが、ここにも“孫”を連れたジャニーさんの姿があった。

特に昨年末で閉店した純喫茶『蘭』がお気に入りで、よくJr.を連れてきては食事をしていましたよ。当然、支払いはジャニーさんですが、彼らに“はい”とお金を渡して自分だけサッと出ていくんです。お忙しいということもあるでしょうが、ジャニーさんなりの“教育”だったのかも」(劇場スタッフ)

 2月、ジャニーさんはやはり帝劇にいたようだ。“愛弟子”光一の『SHOCK』を見守るためだった。

「ジャニーさんが帝劇で初めて演出を手掛けたのが『SHOCK』。この舞台があったからこそ、“ショーマン”として成功できた。それだけに思い入れも大きいのでしょう。本来ならば20周年を迎える'20年に、盛大なショーの開催とお祝いをする予定だったのかもしれません。ジャニーさんの魂が、いつまでも帝劇に棲み続けることを祈ります」(前出・舞台制作関係者)

 帝劇を愛し続けたジャニーさんは、周囲の誰からも愛されていた。