それでも「事実を知れてよかった」
ただしこのとき、父親と血がつながっていないことだけは「腑に落ちた」といいます。彼女は父親とまったく似ておらず、ずっと関係がよくなかったのですが、AIDの事実を知って「子どもの頃からのいろんなことについて、パズルがはまるみたいな感じ」があったそう。以来、「この人は、血がつながっていないけれど、私を育ててくれた」と感じられるようになったということです。
「やっぱり嘘の中にいたら、関係は作れないと思います。だからもし私がAIDのことを知らないままだったら、父とは断絶してしまっていたかもしれない。事実がわかって納得感があったので、最期まで介護できたんだと思います。だから聞いてよかったと思います、本当のことを」
木野さんにとって最もつらかったのは、提供者が親せきの男性で、その妻には精子提供の事実が隠されていたことでした。妻は提供に反対だったというので、もし事実を知ったら、どれだけ傷つくことか。そう考えると、自分が生まれてきたこと、生きていること自体が申し訳ない、と感じられてしまったのです。
その後、20数年経ってライフストーリーワーク(*2)を始め、「信頼できる人にきちんと話を聞いてもらう、言葉にして整理する」ということをしていくうちに、だんだんと自分を責める必要はないことがわかり、ようやく「贖罪の気持ちは手放すことができた」といいますが、それにしても随分長い間、彼女はひとりで苦しんでいたのでした。
「これから先も、そういう状態にならないとは限りませんよね。人生80、90年もあるわけで、いろんな節目に、いろんなことが起こるじゃないですか。何か自分にとってきついことが起きたとき、そこにガッと引き戻されたりするんですよ。生まれというのは、自分の根っこのところなので」
それほど苦しむのなら、事実を知らないほうがよかったのでは? そう思う人もいるかもしれません。でも木野さんは、やはり事実を「知ってよかった」と話します。