恐れ過ぎるのではなく
「まずはやってみる」という選択肢
それでも、今はやはり、制服と私服が選べるほうがいいと感じています。私たちはただ、未知のものを恐れ過ぎていただけではないか、と思うのです。ほかのいろんなものごとと同様に、です。
斉藤先生はコロナ禍を機に、制服と私服を選択できる状況を経験しましたが、心配していたような事態は起きなかったといいます。
「みんな、そんな高いものは着てきません。私服はよくも悪くも『部屋着の延長』という感じ。下は制服のスラックスやスカートが多いです。いまは寒いので、学ランの下にフード付きのスウェットを着て、フードだけ学ランから出ているスタイルがトレンドです」
十数年前に、東北地方で校則がない高校をつくったある元校長先生も、こんなふうに話していました。
「明日何を着ていこうって考えるのが面倒くさいから、男の子も女の子もだんだん似た格好になっていくんです。ジーンズにTシャツとか、寒くなるとその上にセーターを着て、それで終わり」
中学の校則をなくしたことで知られる西郷孝彦先生(世田谷区立桜丘中学校前校長)も、以前取材したとき、同じようなことを語っていました。
「結局、完全に私服もめんどうで、スカートだけ制服で、上は好きなものを着てくる、という子が多い。運動部の子はずっとジャージを着ている子が多いよね」
選べるようになれば、制服を着たい子は着るし、私服を着たい子は着る。もしくは、制服と私服を組み合わせるなど、子どもたちは各々で判断するようです。
もうひとつ最近考えるのは、衣料品のデフレについてです。昔と比べると、洋服は驚くほど安くなりました。ユニクロなど、低価格で品質のいい商品も多くなっています。
総務省の「家計調査」から洋服の支出額を確認すると、2000年からの20年間で3~4割も金額が下がっていることがわかります(2020年の下げ幅はコロナの影響が大きそうです)。ですから着るものに経済格差が現れる可能性は、昔よりもっと減っていると考えられます。
斉藤先生はこんなふうに話します。
「学校の先生って『こんなことが起きるんじゃないか』とすごく心配して、だいぶ手前で過度な『禁止』をかけてしまいがちですが、実際にやってみると、心配していたようにはならないことが多いと思うんです。だからまずは、一度やってみたらいいんじゃないでしょうか。
近隣の高校では、制服と私服の選択制について2週間お試し期間を設けてから検討したところもあります。まずはやってみて、仮に問題が起きたら、制服一律強制に戻すのが最適解なのか、別に取れる方策があるのか、当事者みんなで考えたらいいと思うんです」
学校の先生だけではありません。未知のものごとを心配しすぎる傾向は、PTAの保護者たちを取材しているときにもよく感じます。長年のやり方を変えたら、OBが文句を言ってくるのではないかと心配していたけれど、実際にはほめられたという話。一度やめたら二度と復活しないと思われていた活動が、数年後に希望者が現れて、あっさり復活したという話など、いくらでもあります。
試してみてどんな結果が出るかはわかりません。でも、いま現に困っている子どもたちがいることがわかっている以上、「このままでいい」とはいえないでしょう。まずはやってみる、というのに筆者も賛成です。
大塚玲子(おおつか・れいこ)
「いろんな家族の形」や「PTA」などの保護者組織を多く取材・執筆。出版社、編集プロダクションを経て、現在はノンフィクションライターとして活動。そのほか、講演、TV・ラジオ等メディア出演も。多様な家族の形を見つめる著書『ルポ 定形外家族 わたしの家は「ふつう」じゃない』(SB新書)、『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(ともに太郎次郎社エディタス)など多数出版。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。