娘が起こした「バラバラ殺人事件」

 放火事件で逮捕されるより前、依子が詐欺で逮捕された際には、一緒に逮捕された男性の存在があった。この男性は、依子が長年内縁関係を続けてきたあの年下の男性である。この男性は放火事件でも当初は共犯として逮捕されたが、後に嫌疑不十分で不起訴となっていた。

 が、この男性、先の詐欺事件で逮捕された際、証拠調べの中で別の罪を犯していたことが判明していた。

 それは、依子の娘に対する性的虐待であった。

 男性の所有するパソコンの中にその証拠の画像が残っていたのだという。その事実を、娘は「母が悲しむから」という理由でずっと心の中に秘めてその後の人生を生きていた。しかしそれはやがて娘の人生そのものを母と同じ道へと進ませることとなる。

 平成27年のクリスマスイブの日、娘は大阪で同居していた女性を殺害し、バラバラにした。

 動機は検察によれば「借金」だったという。同居女性の身分証を用い、自分がその女性になりすまして金を引き出していた。それが行き詰った挙句の犯行とみられている。

 娘は裁判でその生い立ちを語った。そこには、母の逮捕と、その母の内縁男性から受けた惨い性的虐待のくだりもあった。

 依子の娘に殺害された被害女性の両親は、「不遇な境遇だったと思うが、今のあなたはあなた自身が作り上げた」と諭した。

 依子の生き方が娘に連鎖したとは言わないが、それでも母と娘のそれぞれが犯した罪を見てみれば、いくつも共通する部分があるように思える。娘も母と同じく、最後まで殺人を否認した。

 根っからの詐欺師と言われた母、依子の足元にも及ばないとはいえ、娘もまた他人に成りすまし、睡眠導入剤を用い、犯行後には母と同じようにメールなどで被害者が生きているかのような偽装を行っていた。娘の犯行動機は完全に解明されたとは言えないかもしれないが、少なくとも借金の存在は外せないだろう。

 母が夫を死に追いやったあの日から10年目の同じ12月の夜。娘の脳裏に、母・依子の姿は一度もよぎらなかったろうか。

 母の業火は、娘までも飲み込んだ。

事件備忘録@中の人
 昭和から平成にかけて起きた事件を「備忘録」として独自に取材。裁判資料や当時の報道などから、事件が起きた経緯やそこに見える人間関係、その人物が過ごしてきた人生に迫る。現在進行形の事件の裁判傍聴も。
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【参考文献】
週刊文春 平成28年1月14日号 p141~142
読売新聞 平成19年1月16日9時13分配信、平成19年1月20日大阪朝刊、1月23日大阪夕刊
毎日新聞 平成19年1月16日3時6分配信
時事通信 平成19年1月17日21時1分配信
朝日新聞 平成19年1月20日、1月23日
産経新聞 平成19年1月26日大阪朝刊
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