工作用ハサミで髪を切られ
中2になってからも、いじめはやまない。'16年6月に学校がアンケートを実施した際、「いじめられたことがあるか」との問いにカンナさんは「はい」と答え、「臭いよね、とからかわれるのが嫌だ。やめさせてほしい」と回答した。
すると同月6日、カンナさんは担任と学年主任から呼び出され、体臭に関する指導を受けた。このとき、同席した養護教諭から「臭いと言われるのは、お風呂に入っていないからでは?」「お風呂に入っているのに臭いと言われるなら、髪が長いせいでは?」などと言われたという。
翌7日、カンナさんは母親に髪を切ってもらった。背中まであった髪が肩にかからないくらいの長さになった。
それにもかかわらず8日、カンナさんは学校で髪をさらに短く切られる。学年主任から廊下に呼び出されると、用意してあった椅子に座るよう言われた。そして底に穴をあけたポリ袋をかぶらされ、鏡のない場所で、工作用のハサミで髪を切られたのだ。
カンナさんはのちに、「はっきり嫌と言えなかった」と話している。その後、スクールバスで帰宅した際、同級生から髪型を「キモい」と言われた。
「バスを降りたところで、通り沿いの建物の窓に映った自分の髪型が目に入ったんです。見て、ショックを受けました」
髪を切ったことについて母親が学校へ電話すると、担任は当初、笑いながら応答していた。「娘がとてもショックを受けている」と告げると謝られたが、カンナさんは学校で過呼吸を起こすようになってしまう。さらに眠れなくなり、食欲不振にも陥った。
「過呼吸の発作でうずくまっていたとき、特別支援学級の先生が見つけてくれて対応したのですが、髪を切った学年主任に引き渡してしまったようです。適切な対応をしていれば、カンナは不眠にまでならなかったのではないでしょうか」(祥子さん、以下同)
しかも、髪を切ったことについて学校から詳細な説明があったのは、事件が起きて2週間後のことだ。
「“ちょっと臭い”くらいのからかいはこれまでもありました。でも同級生の保護者から、加害生徒がカンナの体臭について“かなりしつこく話題にしていた”と聞いて。そのため、いじめではないかと思い市教委に指摘しました。
髪を切られたことも、いじめをきっかけにした学校事故ではないかと考え対応を求めましたが、市教委が渋ったので文科省に連絡をしたのです」
やがてカンナさんは学校へ行けなくなった。裁判の判決では精神的苦痛に対する賠償にとどまったが、受診した病院で「急性ストレス障害」「適応障害」と診断され、今も治療が欠かせない。不登校になったあと、いじめ問題調査委員会がようやく立ち上げられた。
「カンナも私も聞き取りはされましたが、学校からは調査委員会を設置したことの連絡はなく、いつ開始されたのか、誰がメンバーかもわからない。委員会は学校関係者ばかりだとあとから知りました」
カンナさんは加害生徒のAさんを被告とした民事裁判も甲府地裁へ起こしている。損害賠償は認められなかったものの、いじめは認定された。一方、学校との訴訟の中で、市側はいじめの事実はないと主張。判決では、担任はいじめを認識できなかったとして、髪を切った行為との関連性には触れていない。
「それならば、なぜ髪の毛を切る必要があったのでしょうか」
学校は髪を切っただけでなく、いじめや不適切な対応を事実上、隠ぺいしてきた。母の祥子さんは、「娘は学校に戻りたかったんです。そのために必要な支援をしてほしかった」と悔しがる。
事件から5年。19歳になったカンナさんは、裁判の結果に満足しているという。
「髪を切るのに同意していなかったことは認められなかったけれど、同意があったとしても、親に確認しないで切るのはダメとはっきりいえる。裁判をしてよかった」
山梨市は「判決を真摯に受け止める」と控訴しなかった。カンナさんのような被害を繰り返してはならない。
取材・文/渋井哲也 ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。いじめ、虐待、自殺や自傷など、若者の生きづらさをテーマに取材を重ねている。『学校が子どもを殺すとき』(論争社)ほか著書多数