NHKが忖度しない報道ができるわけ

 どうしてNHKは芸能界に忖度しない報道が可能なのか。それは、芸能界と深く関わる制作と報道の間に往き来がないからだ。上級幹部になるまで制作と報道の間での人事交流はない。昨年4月入局組までは制作と報道で採用枠も別々という徹底ぶりだった。

 民放の場合、制作と報道は一括採用。入社後の人事異動も活発で、警視庁詰め記者がドラマのプロデューサーになることもある。一方で、NHKの制作と報道は別会社のようなものなのだ。

 筆者もNHKの記者から芸能界に関する取材を受けたことがある。その際、「そちらの制作の人に話を聞いたほうが早いし、詳しいんじゃないですか」と率直な思いを口にした。ところが記者は「絶対に話してくれません」と答えた。

 当時は不思議でならなかったが、後になって考えると、制作と報道の隔絶は芸能報道にとっては良いことだった。両者の間にある垣根が途方もなく高いから、報道はドラマや歌番組などへの影響を全く気にせず、厳しい芸能界批判もできる。民放の報道は制作に支障が生じることを心配しがちだ。

 2019年7月、NHKはジャニーズ事務所に関するスクープも報じた。同社を離れた元SMAPの稲垣吾郎(49)、草なぎ剛(48)、香取慎吾(46)に対し、テレビ出演させないよう局に圧力をかけたら、独占禁止法に触れる疑いがあると公正取引委員会が同社に対し注意した件だ。

 この時、外部では「ジャニーズ事務所からNHKに情報が漏れたのか」「いや、逆に元SMAP側だろう」といった憶測が流れた。しかし、情報源は芸能界ではなかったはずだ。付き合いがないからである。このスクープはジャニーズ事務所のイメージを落としたため、「よくぞ伝えた」とも言われたが、NHKの報道はそんなことを最初から気にしないのである。

 同じNHKでありながら、制作と報道に交流がないのは奇異に思うかも知れない。だが、民放も同じようにしたほうが良いと考えた人がいる。朝日新聞のスター記者からTBS系報道番組『ニュース23』のキャスターに転じた故・筑紫哲也さん(享年73)だ。

 筑紫さんは報道の聖域化を願った。1996年に発覚したオウム真理教事件に絡む「TBSビデオ事件」が大きく関係した。この事件は情報番組の現場で起きたが、影響は報道にもおよび、信頼が揺らいだ。そうならないためにも報道とそれ以外を切り離すべきだと筑紫さんは考えた。

 NHKの芸能報道は現時点ではテレビ界で最強に違いない。普段は硬い話ばかりを追い掛け、驚くほど芸能界について知らない記者たちが、しがらみや先入観なく熱のこもった取材をする。それを報道するに当たっても芸能界への遠慮がない。

 ただし、どの局にも組織や制度の改革がある。同局の制作と報道の隔絶もいつまで続くか分からない。別枠採用も前田晃伸前会長(78)によって廃止された。

 NHKの芸能報道が弱体化しないことを願うばかりだ。

取材・文/高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)放送コラムニスト、ジャーナリスト。1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立。