しかし、へき地医療を担う鈴木先生に、仕事を休んで治療に専念するという選択肢はない。
「今は2週間に1回、勤務している網走厚生病院の外来で抗がん剤治療を続けています。副作用もあって正直キツいですが、投与した翌日も外来を休んでいません。吐き気があって一日中ごはんを食べられない日もありますし、患者さんに『先生、今日具合悪そうだね』なんて気を使われたりする日もあります」
生きがいは「クレイジーケンバンド」の“推し活”
外来は基本週3回、気管支鏡などの専門的な検査も行っている。抗がん剤以外の治療は、母校の奈良県立医科大学の附属病院に飛行機で行き来して通院する。大病を抱えながらも地域医療を支えるのは、“代わりがいない”という責任感と自分がやらねばという使命感だ。
「ずっと寝ていられるならそのほうがいいですが、私しかいないですから。広大なオホーツクエリアで、呼吸器の専門医は私を含めて3人。半径100キロ以上の遠方から患者さんが来院されます。私が診ている患者さんは肺がんのステージ3以上の手術ができない人が多い。医師がいなければ治療を諦めざるを得ない人たちです。だから休んでいられないんです」
笑って話す姿は、壮絶な治療を続けているとは思えないほど明るい。そんな先生を漁師の夫も支えてきた。
「夫だけは私が助かると信じてやまない人で、『おまえは運のいい女だから、死なない。大丈夫だ』と言うんです。そう言われ続けると私もそんな気がしてくるんです。悲観的になることがなく、ありがたい存在です」
誰でも再発を繰り返せば落ち込むのが当たり前。しかし先生は、「この転移の治療が終わったら治るかも」と毎回ポジティブだ。
「夫婦共々阪神ファンなので、夫は『今年は阪神が日本一になったから、おまえのがんも治る』と言うんですよね。阪神優勝と私のがんにどういう関係があるんやろ?って笑いましたが、楽天的な夫に助けられています」
がんになると仕事や趣味を諦め、それまでの楽しみを手放してしまう人が多いが、鈴木先生は真逆。「楽しいことは諦めない」がモットーだ。
「何もかもやめて治療だけに全精力を注ぐ人が多いですが、私は『がんなんかに人生の楽しみを奪われたくない』と思うんです。ただの病気のくせに人の命を奪うなんて図々しい。こうやって私の身体を徐々にむしばんでいくことに、ものすごく腹が立っています。自分の生活を守るために、私はとことん諦めずにがんと闘います」
がんになってから鈴木先生の生きがいとなっているのが、横山剣さんがボーカルを務める「クレイジーケンバンド」の“推し活”だ。
「病気になったときに友人がくれたCDに『生きる。』という曲があり、ものすごく勇気をもらえたんです。そこから大好きになってファンクラブに入り、追っかけをしています」