目次
Page 1
ー 被害者が実名で性暴力を告白
Page 2
ー 信者を言葉巧みに誘導し、性交を強制する神父
Page 3
ー カトリック修道会が組織ぐるみで隠蔽
Page 4
ー バチカンからの対処を望み、自助グループも結成

 

「五ノ井(里奈)さんが『性暴力を受けたことで夢や生きがいを奪われた』と話されていて、『私と同じだ』と思いました。自分の人生を取り戻すためにも、またこれ以上、同じような被害を増やさないためにも声をあげようと決意したのです」

 こう話すのは、2023年、カトリック教会の神言修道会を訴えた、カトリック信者で看護師の田中時枝さん(63歳)だ。

被害者が実名で性暴力を告白

 ジャーナリストの伊藤詩織さんや元自衛隊員の五ノ井里奈さんをはじめ、実名で性被害を公表し、裁判を起こす人が増えてきた。

 故・ジャニー喜多川氏をはじめ、権力を持った人物からの性暴力は多いが、宗教団体の聖職者による性暴力も例外ではない。

 田中さんが所属していた教会は神言修道会により運営されていた。神言修道会は1875年に創設されたカトリック教会の修道会だ。日本には1907年ごろに到来し、約30の小教区、6つの修道院、加えて南山大学をはじめとする学校法人も抱える、影響力の大きいキリスト教系宗教団体である。

神言修道会のカトリック吉祥寺教会
神言修道会のカトリック吉祥寺教会

 田中さんは、長崎の神言修道会のチリ人神父から「霊的指導」として5年近くもの間、性暴力を受け、写真や動画まで撮影されていたという。

 聖職者による性暴力はこれまでも数々報道されているが、神を信じるまじめな信者が逆らえない構図があって悪質だ。

 また、田中さんが被害に遭った背景には、未成年のときに母の交際相手から受けた性的虐待も関係している。田中さんがつらい過去の経験から話してくれた。

「幼いころから両親はケンカが絶えず、母が突然いなくなることも多かったんです。すると父は私を責め、『母がいなくなるのは私のせいだ』と思い込むようになり、不安で自信が持てない幼少期を過ごしました。

 中学3年生のとき、母が事故で入院したのですが、その間に母の知り合いの男性が勝手に家に入ってきて性暴力を受けました。当時は自分が何をされているのかもわからず、恐怖で怯えました」

 その男性は母の不倫相手だったが母は見て見ぬふり。母には「女になった」とからかわれ、被害をまったく取り合ってもらえなかったという。そして、高校を卒業するまでその男性からたびたび性交を強いられた。

「学校の先生に話しても性暴力だと思ってもらえませんでした。男性の奥さんにも訴えましたが『おたくにメリットがあるから夫と寝ているんでしょう』と言われ、誰にも守ってもらうことができませんでした」

 この異常な環境によりPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した田中さん。それでもなんとか生きていこうと頑張ってきた。高校卒業後は家を出て、働きながら勉強をして看護師の資格を取得。結婚して長女にも恵まれたが、いつまでたっても「自分の人生を生きている」という感覚を持つことはできなかった。

「仕事で認められても、子どもが生まれても、いつも不安なんです。仕事でトラブルがあると『自分が悪い』と思い込んで、仕事を抱え込んでしまったり……。『自分は汚れている』『やっぱり自分は生きていてはダメなんだ』と思い詰めることもありました」

 そんな中で救いを求めたのが信仰で、田中さんは長女を妊娠中の1991年に北海道の教会で洗礼を受けてカトリック信者になった。2000年に長崎に引っ越してからはカトリックの学びを深め毎日教会のミサに通うようになった。

「祈りの間は心が安らぐので、神の教えを信じて、信仰を続けてきました。看護師やケアマネジャーの仕事を選んだのは、自分が助けてもらえなかったからこそ、人を助けたいという思いがあったのだと思います」