この夏、“ホラ活”なる言葉が巷を賑わしている。
「“ホラ活”とは、ホラー映画や小説、恐怖体験などで恐怖を味わい、ストレスを発散する活動のことです。涼しくなれる“ホラ活”は夏にピッタリ。開催中の『お化け屋敷電車』には女性やファミリーが殺到しています。そもそもホラー好きの女性はとても多い。われわれはそんな女性を“ホラ女”と呼んでいます」
こう語るのは“ホラ活”を提唱する怪談蒐集家の寺井広樹さん。この夏は、銚子電鉄とのコラボで『お化け屋敷電車』の企画・演出も担当した。
というわけで週刊女性でも、暑さも吹き飛ぶ怖い話を怪談師の西浦和也さんに聞いてみた。
◆
ある女性に聞いた話。
その女性は社会人になってすぐ、妹と2人、木造の古いアパートに住み始めた。部屋では“ポルターガイスト現象”がよく起きた。夜中に学習机のイスが動く。そのままキィ、キィと音を立てて回る。流しのほうから水の流れる音がする。夜中に寝ていると、ひもスイッチ式蛍光灯がバチンとつくこともあった。
姉妹は大家にクレームを入れた。この部屋はきっと忌まわしい過去があるはず。だからこんな現象が起きるのではないか、と。だが過去、その部屋で問題が起きたことはないという。
そもそも社会人になりたての彼女がなぜ、まだ高校生の妹と2人で暮らしていたのか。それにはこんな理由があった。
姉妹の父親はひどい酒乱であり、DV男だった。母親を殴り、蹴る。その横で幼い2人は泣くことしかできなかった。やがて、見かねた親戚たちが父親を追い出す形で、両親は離婚した。
保険外交員をしていた母親は、生活が苦しくなると、やがて水商売に転職した。その疲れかストレスか、日に日に人柄が変わっていった母親は、ついには娘たちに手をあげるようになった。彼女が学校から帰宅すると、妹が顔を腫らしている。そんな日々が続いた。
“家を出よう!”──そう決めた彼女は、高校卒業と同時に家を出た。自分を置いていくな、と泣いて訴えた妹も一緒だった。母親には行方も連絡先も、何も告げることはなかった。唯一、世話になった叔母にだけは、そっと居所を教えていた。
そんな状況だったので、部屋でどんな怪奇現象が起きようと、そうそう住み替えなどできない。ようやくその奇妙な部屋を出る目処がたったのは、実家を出た約1年後のことだった。
──リーン、リーン。
引っ越し先も決まったある日の夜、突然、部屋の電話が鳴った。番号を知っているのは職場の人間か、あるいは……。受話器を取ると、声の主は叔母だった。叔母は、姉である母親の様子がどうもおかしいと感じており、先ほど家を訪ねたという。
そして母親が首をつっているのを発見したのだ。直後なのか、わずかに脈を残しており、いましがた救急病院に搬送したのだという。恨みしかない存在だが、親は親……。彼女が呆然としていると、寝ていたはずの妹が起きてきた。
「なに、どうしたの?」
「あのね……、今お母ちゃんが首をつって病院にいるんだって……どうしよう」
「……行こう! いろいろあったけど、親子なんだしさ」
妹の言葉に病院に向かう決意を固め、玄関に向かう扉をスッと開けた。
その瞬間、目に飛び込んできたのは母親の姿。玄関の土間に、正座している。
「お母ちゃん……?」
病院にいるはずの母親。その全身から黒い煙が上がっているように見え、思わず母を呼ぶ。すると突然、母親の首が大きく揺れ始めた。声はない。なのに、それでもたしかに母親の声が、聞こえてくる。
「なんで置いていった……なんでひとりにした……さみしいさみしいさみしい、うらんでやる、死んでやる、死んでやる……!!!」
何かが鮮明に見えてくる。これは、母親が梁に縄をかけ、今まさに首をつろうとしている姿……。そのとき後ろで妹の声がした。
「お姉ちゃん、それ……お母ちゃん?」
その瞬間。母親はフッと姿を消した。姉妹は呆然と立ち尽くす。そして再び電話が鳴り、電話口からは叔母の声……。
「いい、よく聞いてね。今、お母さんが息を引き取ったからね……」
──そして女性は、ポルターガイストだと思っていたものの正体を、うっすらと理解したという……。
【プロフィール】
西浦和也:怪異蒐集家、心霊ルポシリーズ『北野誠のおまえら行くな。』ほか心霊番組を企画プロデュース。突撃取材で禁忌にふれすぎ、生死をさまようこと数度。『帝都怪談』(TOブックス)『現代百物語』シリーズ(竹書房)ほか著書多数。