わさおは手のつけられないあばれどん
「さっき言ったとおり、わさおは拾った犬で、近くの『海の駅わんど(観光施設)』に捨てられていた犬だったの。ケガだらけで、町の人が3~4人集まっては、“これはダメだ。かわいそうだけど保健所に電話しよう”って。
そこに私がチビっていう犬を乗せて、軽トラで通りかかったというワケさ」
困り切ったところにやってきた“犬バカ”の登場は、まさに天の采配。ところがわさおは、うなるわ暴れるわで、とてもじゃないが手がつけられない。
「どうしたらいいだろうって思って、ふと見たら、チビのエサがあったのさ。それをちょっと取ってあげたら、お腹すいてるもんだからパッと食っちまって、“もっとちょうだい!”って。そうなったらこっちのもんだ(笑)。それでチビの首輪取って、スッとわさおさ首輪つけたの」
熊と戦う秋田犬の、それもケガをするほどイジメられていた野良犬である。人との距離を縮めるのは、動物に関しては百戦錬磨の菊谷さんといえどもラクではなかった。
人を見ればうなり、静良さんにも牙を剥く。わさおは顔もライオン風ならば、気性もライオンのようだった。こんな手のつけられないあばれどん(暴れん坊)を、飼い犬になどしていいものか……。
「どうしたらいいかと悩んだよ。人を噛んで迷惑をかけてもダメだし。すごく悩んだけれど、“よし、最後までやろう!”と。今まで何匹も犬を飼ってきたけど、悩んだのはわさおだけだな」
わさおを助けたい一心の、菊谷さんの躾が始まった。
わさおが悪さをすれば、ケガをしないよう尻のあたりを叩く。だが、そんな菊谷さんに対しても、わさおは容赦なく向かっていった。
「何度も何度も、言って聞かせて叩いて聞かせて。
そしたら、わさおが手をなめて“かあさん、ごめんな”って。そしたら私も“じゃあ、許してやるよ”って。もう人間と人間の会話だな。でもそうやって育てたら、わさおも、“これはおっかないばばだ”と、わかったんだわ」
先輩犬・チビもわさおの躾にひと肌脱いだ。
「“このかあさんは怖いよ。だから言うこと聞いたほうがいいよ”って犬語で話し合っていたんだ。それに“夏の暑い時には海に入れば涼しいよ”“川のこのへんは浅いけど、あっちのほうは深いから危ないよ”とかもな。
だからチビが亡くなるまで、わさおはチビのこと大事にしていた。チビが18歳になって耳も聞こえず、嗅覚もきかなくなって海のほうに行っちゃうと、わさおがチビの綱をもってくるんだわ。“危ないよ!”って。自分が世話になったチビを、そうやって面倒見てくれていたの」
チビが亡くなるそのとき、菊谷さんにそれを教えたのもまた、わさおだった。
「遠吠えして私のこと呼んだんだ。“かあさん、チビが亡くなるよ”って。それがわさおの本性なのさ」
※「人間ドキュメント・菊谷節子さん」は3回に分けて掲載しています。