蜷川幸雄×シェイクスピアの最新作は『ヴェローナの二紳士』。稽古場に現れた美女を思わず2度見。優美なドレス、流れるブロンド、麗しい顔立ち……これが溝端淳平!?
「マジですか? きれいになってました? うれしいな、それは。よかった。蜷川さんからはゴリラとかプロレスラーとしか言われないから(笑い)」
初めて挑む女性役は、良家の令嬢・ジュリア。ミラノに旅立った愛するプローティアス(三浦涼介)に会いたいがために、男装をして追いかけるが、彼は心変わりをしていた。しかも、彼の親友が愛する女性に…。
「(扮装しだいで)芝居も全然変わってくると思ったので、メークをして、カツラもつけて稽古をやっていたんですが、蜷川さんにボロカス言われまして。“格好に頼ってるんじゃねぇ!”“ちゃんと内面から、動きで女性をやれ! ”と。
一時期は、メークやカツラを禁止されてましたから。ずっと、真っ暗闇のトンネルの中をさまよっていましたね。最初のセリフのひと言目から“違う!”“もう1回”“バカにつける薬はないんだよ!”“お前なんか辞めちまえ!”みたいな。毎日、本当に俳優をやってていいのかなと思うくらいキツかったですね」
全否定。ヘコんだり、悔しいなんて感情も生まれぬほどのめった打ち。日々、放心状態だったという。
「日本人がシェイクスピアをやる。和歌山で育った僕がジュリアをやる。ある意味、ふざけた話ですよね。外国人が歌舞伎をやってたら、日本人は絶対“なんだ、お前ら”って見ますよね。蜷川さんは、そういう目で見られながら戦い、勝ち抜いてきた人。
“もともと無理なことをやってるんだから、生半可な気持ちでやるな。その大変さを、もっと理解しろ。苦しんで当然、苦しまなきゃ嘘だ。でも、判定勝ちじゃダメだ、KOしろ”と。そして、“めった打ちにして這い上がったほうが成長するんだよ”と」
滂沱(ぼうだ)の涙が流れ、吹っ切れた。できないことをやっているのだから、全部をさらけ出すしかない。蜷川が求める心構えができあがった瞬間だった。
蜷川は現在80歳。昨年、体調を崩し、稽古場には呼吸器とともに車イス姿で現れる。
「体調を崩されてからの蜷川さんは鬼気迫る感じがあるというか、感性が研ぎ澄まされているというか。普段から(蜷川組の常連の)吉田鋼太郎さんにかわいがっていただいているんですけど、心配した鋼太郎さんがお宅に招いてくれて、稽古をつけてくれたり、アドバイスをくれたり。
それだけ僕がふがいないんだと思いますが。蜷川さんは“俺は本当に命を賭けてやる。その代わりお前ら、いいもの見せてくれよ”と言っているような感じがします」
デビューして8年。ドラマや映画への出演が相次ぎ、セリフを言うことや、芝居をすることが、どこかで当たり前になっていた部分もあったという。
「怖いなと思います。自分のことすら何もわかってないのに、人の人生をおこがましくも演じさせてもらっている。その大きさをちゃんと感じてやらないといけない。
愛してるっていう言葉が、どれだけ尊いもので、どれだけ苦しいものか。感情を何百倍にも膨らませて、終わった後に“もう、2度とやりたくない”と思うくらい摩耗して当然なんですよね。そんな毎日を送ることが、シェイクスピアをやるってことなんじゃないかと思いますね」
(撮影/廣瀬靖士)