今年2月14日、和歌山市内の自宅で精神障害のあった長女(41)を殺害し、7月に懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を受けた村井健男さん(81)。
長女は20歳ころから引きこもるようになり、家庭内暴力を繰り返すように。そして2001年、長女は自己中心的で暴言や暴力行為など他罰的症状を伴う「強迫性神経症」と診断された。
入院させられた娘は日記に《生きていることがつらい。誰も私の心をわかってくれない。弱い所をみせられるのは家族だけです》と書いた。
退院後はまた暴れだし、入退院を繰り返した。明確に精神病とされないケースがいちばん難しい。長女は自分の「異常性」を認識しており、病気を治そうと専門書を何冊も買い込んでいたという。
「暴力から逃れるため車で寝泊まりしました。ワンルームの部屋を借りて妻を避難させたこともあります。長女は車に飛び込もうとしたり、部屋で首つり自殺を図りました。娘の首に巻きついていたベルトを必死にはずしました」
家じゅうの壁は穴だらけ。長女は「暴力が悪いのはわかっている。朝、目が覚めるのが怖い」と言った。
暴力はさらにエスカレートした。包丁の先を丸くし、危ないものは隠した。間質性肺炎を患う妻は怖がって布団から出られなくなった。長女にひとり暮らしをさせてもアパートを壊して帰ってくる。村井さんは「ついに終着が来ました」と、ひと息おいた。
「その夜、長女は“早く新しい部屋を借りろ!”と布団にくるまる妻を激しく叩きました。私は、妻のこたつの修繕のために買った電気コードで後ろから首を絞めました」
心の中で「ごめん」と叫んだ。小柄な長女の背中が丸くなり動きが止まる。妻が息子に連絡し、重体で病院に運ばれた長女は翌日、死亡した。
「駆けつけた長男は最初“世間に顔向けできない”となじりましたが、すぐ“親父、よく我慢してきたな”と言い、みんな泣きました。拘置所で同房だった男に“殺人は許せん”と言われてつらかった」
長女は優しい子だった。
「音楽が好きで私の耳にイヤホンを差し“いっぺん聴いてみて。きれいな曲やろ”とリチャード・クレーマン(クレイダーマン)のピアノ曲を聴かせてくれました」
石油会社を定年まで勤め上げた村井さんに弁当を作ってくれた。「お父ちゃん、肩たたいてやろうか」といたわってくれることもあった。淡々と話す村井さんが嗚咽したのは次の言葉を発した時だ。
「娘は妻に似て、色白のきれいな肌でした。事件直前、“お母ちゃんからもらった肌を大事にせんとあかん”と娘のほおを撫でました。その感触は今も残っています」
落ち着いていた娘が豹変し、事件に至ったのは、その数時間後だった。
「検察官は妻に“いちばん苦しんでいたのは娘さん自身じゃないですか”と言った。やれることはやったと思っていましたが、足りなかったと感じました。天国で娘が“お父ちゃん、私、生きたかった”と言っているんです。いちばん苦しんでいたのは自分やない。殺してしまった娘やった。何が足りなかったのか」
村井さんは、こう話した。
「残された人生を同じような悩みを持つ家族のために捧げたい」
<取材・文/ジャーナリスト・粟野仁雄>