芸能 2018/1/1 欽ちゃん“76歳で新番組が絶好調”の奇跡!「オレは諦めてないよ」 人間ドキュメント萩本欽一 『週刊女性』編集部 印刷 [写真 1/16枚目] 萩本欽一さん [写真 2/16枚目] 「出演者を緊張させると奇跡が生まれるの。見てる人がワクワクする番組を作りたい」現在取り組んでいるオールアドリブ番組『欽ちゃんのアドリブで笑』について熱っぽく語る [写真 3/16枚目] 映画『WeLoveTelevision?』ポスター [写真 4/16枚目] 『WeLoveTelevision?』より。突然、降板となった田中美佐子の代わりにお母さん役を演じた [写真 5/16枚目] 小堺一機さんは、萩本の番組で関根勤と組み「クロ子とグレ子」で人気を獲得 [写真 6/16枚目] 映画を手がけたTプロデューサーこと土屋敏男さん [写真 7/16枚目] 東洋劇場に入ったころは、芸人には向かないと言われていた [写真 8/16枚目] 25歳のときにコント55号を結成。瞬く間に人気者となる [写真 9/16枚目] コント55号では設定だけ決めてあとは2人のアドリブだった [写真 10/16枚目] 勉強でも仕事でも「教えてもらうのではなく、自分で悟り、気づくことが大事」ということを学生生活を通して再認識した [写真 11/16枚目] 『We Love Television?』より。男の子は萩本がテレビの震災のニュースで見つけ、スタッフが探してきた名取市の子 [写真 12/16枚目] 5歳のころ。東京の下町のカメラ店の4人きょうだいの次男だった [写真 13/16枚目] 高校3年のころ、母と姉と。コメディアンを目指す気持ちが固まっていた [写真 14/16枚目] 駒込高校時代。アルバイトに明け暮れていた [写真 15/16枚目] 珍しい家族写真。妻は修業時代に萩本を支え、その後、結婚 [写真 16/16枚目] 『コント55号』で人気絶頂だった萩本欽一 この写真の記事へ戻る