築地市場の豊洲への移転計画、そのリスクと疑惑とは

 小池百合子氏が反・自民都連を打ち出し、鳴り物入りで都知事に就任したのは1年前のこと。五輪、築地問題で「決められない政治」と批判されれば「おっさん政治」と切り返し、離党、写真集発売と常に話題をふりまいてきた「小池劇場」だが課題は依然、山積み。迫る都議選を前に、国政にも影響大な「都民ファースト」の中身と行方を徹底検証する。第2弾は築地市場の移転問題の行方──。

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 築地市場(東京都中央区)の移転問題で6月20日、小池百合子都知事は緊急記者会見を開き、豊洲(同・江東区)へ中央卸売市場を移転し、築地跡地は5年をめどに再整備する基本方針を発表。「世界の台所」は「食のテーマパーク」として再開発し、市場機能をも持たせるというプランを打ち出した。

「築地は守る。豊洲は活かす」

 こう述べる小池都知事だが、将来の市場併存について具体策は、今後の課題、都民の動向次第となった。

 都政の重要課題である市場問題が動き出すことになるが、母親や女性たちの多くが懸念する「安全・安心」の問題を含め、私たち自身が築地市場の問題と向き合うことが求められている。

 そもそも築地市場の豊洲への移転計画は、1999年4月に都知事となった石原慎太郎氏が同年9月、「古い、狭い、危ない」として、築地より広い豊洲への移転方針をトップダウンで決めたことに遡(さかのぼ)る。

 しかし計画が進むにつれて、市場として使えるスペースが築地よりもかえって狭く、業者にとって使い勝手が悪く、有害物質による汚染もあり危険であるという問題が明るみに。市場を活用する仲卸人たちからの反対の声が広がり始めた。

『築地女将さんの会』の鈴木理英子さんは不安を隠さない。

「東日本大震災のあと、豊洲の土地が、液状化で数十か所もの水たまりができていたのを見て、問題は汚染だけではないことに気がつきました。そこから豊洲移転の実態が、築地市場の破壊以外の何ものでもないことがわかったのです」

 今回の経緯をたどると、日本の食文化の基礎を作ってきた築地の文化的価値を評価する人たちの声が「まったく聞き取られることなく」(鈴木さん)進められてきた実態が見えてくる。

なぜ、よりによってガス製造工場の跡地

 築地市場の移転先である豊洲は、東京ガスのガス製造工場の跡地だった。ガスは石炭を燃焼させて生成するが、その過程で、副産物として発がん物質であるベンゼンやシアン化合物、ヒ素、鉛、水銀、六価クロムが生成される。つまり、東京ガスの有毒廃棄物の処分場のようになっていた場所なのだ。実際に、土壌や地下水から有害物質が確認されている。

 このような土地の瑕疵(かし=欠陥)、不具合を取り除くには、膨大な除染対策費用が必要になる。その費用の支払い責任は、法的には売却側の東京ガスにある。

 豊洲のようなひどい汚染がある場所では、売り主側に立って考えた場合、売却によって入手できる収入は除染費用によって削られ、かえって費用がかかることさえ珍しくない。除染費用が売却価格の3割もかかる土地の場合、“売却できない不動産”とされている。

 そうした事情もあってか、東京ガスは当初、土地の売却を断っていた。

 現在までに都が東京ガスに直接支払った土地の代金は578億円。そして東京ガスが売却にあたり約100億円かけて汚染対策を行い、その後も汚染が見つかったために、都は約860億円かけて除染している。つまり、汚染対策のために、東京ガスと都が今までに使った金額は合計960億円、約1000億円にもなるというわけだ。

 しかも、今も環境基準の100倍ものベンゼンなどが検出されている。

 汚染に対して、都の専門家会議の平田健正座長は、「地上は安全」と発言しているが、

「都は、ベンゼンの安全性について専門の調査機関に依頼し、環境基準の10倍までが許容範囲という報告書を持っていた。現状は、その10倍もの汚染レベルということができる」

 と東京都環境局元職員で『化学物質問題市民研究会』の藤原寿和代表。この問題に対し、市民と専門家による調査チームの立ち上げも検討していると話す。

「揮発性のある毒物が環境基準以上に出ている場所に、なぜ生鮮食品の市場を作るのか疑問です」

 と懸念するのはNPO『食品と暮らしの安全基金』の小若順一代表だ。

収穫後に農薬などを使用する『ポストハーベスト』や残留農薬の全容を追及し、輸入を抑制させた立場から、豊洲市場の「安全・安心」に厳しい眼差しを向ける。

 さらに、所轄官庁である農林水産省は、「生鮮食品を取り扱う卸売市場用地としては想定できない」という見解を示している。もし小池都知事が豊洲移転を延期していなければ、こうした実態は闇に隠されていたであろう。

誰が何のために移転を進めたのか

 豊洲市場の移転計画は、総計5884億円もの事業費がかかっている。その内訳は用地取得費、土壌汚染対策費、建設費などだ。

 これに対し、築地の再整備計画の費用は当初3400億円といわれ、その倍近くの金額が使われている。

 豊洲移転に倍の費用がかかった要因は、談合や天下りだとの指摘もある。

 豊洲市場の建設工事費の予定価格が高値修正され、その後に落札した建設ゼネコンを中心としたジョイントベンチャーの落札率は99・79%超。談合の目安とされる90%をはるかに超えている。

 そのうえ、落札企業に都庁の幹部職員が何人も天下っている。

 目の前の課題としても、都は土壌汚染対策に860億円を費やしながら、東京ガスに78億円しか支払い請求をしていない問題もある。

 都が汚染対策費用の全額を請求しないのは、東京ガスに余計な「忖度(そんたく)」を行っているか、それとも、除染対策工事が粗雑に行われ、その費用を東京ガスに請求できないからではと考えられる。

 この“都政の闇”は現在、住民訴訟(1級建築士の水谷和子さん原告)で追及がなされている。

 豊洲移転問題をとおして都政の“負の遺産”の実態が明るみに出始めている。

世界も認める聖地・築地の真価

「なんといっても築地のよさは、今も500人以上いる仲卸の目利きです。築地でセリ落とされた値段が全国の値段の標準価格となって、消費者に届けられるとともに、漁師や生産者の生活を守ってきたのです」

 と前出・鈴木さん。築地が世界の市場のなかでも注目されるゆえんだ。

 築地では、卸売りから仲卸にセリ売りされたら、すぐさまターレ(手押し車)で運ばれ、解体・小分けされ、仲卸の店舗に並べられる。それを小売店や料理屋、スーパーが購入、“やっちゃば”(青果市場)も隣接し、卸売りから数時間のうちに必要に応じて消費者に届けられる。仲卸の頭脳・目利きとそれを生かす有機的な市場システム。スーパーコンピューターでも決してできない仕組みである。

 公正な値付けが築地で行われるがために、巨額資本を持つ販売業者でも独占することができず、鮮魚や青果物の値段が保障され、全国の漁師や生産者たちが安心して仕事を続けられる。こうして世界最大の卸売市場が営まれている。

 2年前、ユネスコの世界文化遺産に日本の「和食」が登録された。築地はある意味で、和食の聖地ともいえる。外国人観光客も多く、日本文化を伝える重要スポットにもなっている。

「知の巨人」と呼ばれるフランスの人類学者レヴィ=ストロースは『市場について』と題したインタビュー記事(『現代思想』2017年臨時増刊号「総特集=築地市場」に掲載)で次のような賛辞を贈っている。

《築地は本当に素晴らしいところです。私は忘れられない。まったく夢のような日本の思い出です。物の豊富さといい、その多様性といい、並べ方の美しさといい…私にとっては世界の博物館すべてに匹敵します》

 鈴木さんは言う。

「豊洲に移転されれば、築 地市場が終わってしまいます。土壌や地下水汚染で、世界から注目されている日本の食文化を支えてきた築地のイメージが壊れてしまいます」

 この心配を払拭(ふっしょく)し、はたして真の意味で「築地ブランド」を守ることができるのか─。今後の動きを注視したい。

取材・文/青木泰…環境ジャーナリスト。民間の技術研究所を経て現職。市民活動の現場から被ばく問題について情報発信を行う。近著に『引き裂かれた「絆」―がれきトリック、環境省との攻防1000日』(鹿砦社)