民間シンクタンクの試算では除染費用は30兆円
福島第一原発事故に伴う除染事業の不祥事が相次いでいる。今年3月、環境省職員が除染事業への参入に絡む汚職事件で逮捕されたのを皮切りに、5月に福島市、6月にはいわき市と田村市、7月には南相馬市(すべて福島県)で除染事業者の不正が発覚。住民の被ばく低減という重要な目的を持つ除染をめぐり問題が噴出している。
除染は放射性物質汚染対処特措法(以下、特措法)に基づき始まった。国が直接除染を行う「除染特別地域」と市町村が中心に除染を行う「非直轄地域」に分けられ、人が5年以上は戻れない「帰還困難区域」は除外されている。
この費用について、経済産業省は約6兆円と見積もるが('16年12月時点)、民間シンクタンクは5倍の30兆円の試算をはじき出す。一方、特措法に基づき除染費用を支払うべき東京電力は、政府から賠償資金(賠償・除染費等)として約7兆5000億円の援助を受けている。
莫大な金がつぎ込まれてきた除染によって、実際のところ、どれだけの効果が上がっているのだろうか?
特措法の基本方針に基づき市町村が策定した「除染実施計画」では、空間放射線量を2年間で「50%減少」「60%減少」と目標値を掲げている。しかし除染の有無にかかわらず、時間がたてば放射線量は自然に下がる。例えばセシウム134の場合、放射能が半分に減る半減期は2年だ。こうした経年変化を踏まえると、除染後の放射線量は、実質的に20%の低下でしかない。
それでも「除染すれば元に戻る」と思う人は多いが、放射線量は減っても、事故前の数値に簡単には戻らない。
年度ごとの業者変更がもたらす“除染土放置”
また、効果だけでなく“やり方”にも批判が出ている。
飯舘村にある『いいたてファーム』の管理人・伊藤延由さん(73)は除染作業のずさんさにあきれ返る。
「除染で出た土が敷地内に積んだままだったので、撤去するよう作業員に伝えたら“昨年度に作業した組の責任だからできない”と。強く何度も言って、やっと応じてくれたけど、言わなければそのままでしたね」
年度ごとの業者変更は、除染の目的とは本来、関係がない。
「私はこまめに村に入っていたから、除染作業を見られたし、注文もつけられた。でも、避難住民はそうはいかない。除染合意書はあるが、厳格な竣工検査は行われないに等しい。まるで“やりました”というアリバイ作りです。誰の、何のための除染なのか」
山本公一環境相は3月、除染特別地域で行う大規模な除染を「政府目標である平成28年度内に終了できる見込み」とし、市町村除染地域についても「除染作業がおおむね完了の見込み」と話した。
この発言に福島県のある自治体職員は憤りを隠さない。
「避難していて連絡がつかなかった人が除染したくなったら、どうするのか? そうかけ合ったが平成28年度内でやれ、と。住民の前に立つのは私たちなんですけどね」
自治体職員とはいえ、地域住民でもある。被災者同士で分断させられる構図だ。
「元に戻す」のではなく「妥協して我慢させる」
「29年度は基本的に除染しない」という国の方針にのる自治体は多い。だが、除染をしてもやり残しがあったり、除染後に放射線量が再び上がったりする。そこで行われるのが『フォローアップ除染』(2度目の除染)。これは自治体独自に行うのではなく、福島環境再生事務所(環境省)との協議で実施が決まる。
その基準について、福島環境再生事務所に尋ねると「個人追加被ばく線量の状況や生活環境などを多面的に考慮して、局所的な汚染に対する除染をやるか、やらないかを判断するため、基準はない」との不明瞭な回答。実施件数も尋ねたが、明かさなかった。
フォローアップ除染が実施されなければ、初回の除染は完了したとの理由で、ホットスポットが放置されることになる。
実際に郡山市では、住民から市の放射線対策課に「ホットスポットがある」と通報があり、職員が現場で測定をしたものの「周辺よりも高い数値だが、そこに1年間、居続けるわけではない」として除染されなかった。
「元に戻す」のではなく「妥協して我慢させる」考え方だ。
前出の伊藤さんは日々の積算被ばく量を記録している。飯舘村で野外活動をした日と県外へ出かけた日では、被ばく量が倍から数倍違うと言う。
「除染が終わったと避難指示を解除し、家族が帰還する場合、年齢を問わないので子どもも戻れますよね。除染しても、汚染がない土地の10~20倍の放射線量を受け入れて生活することになる。でも、ほかの地域の子どもはそうではない。おかしいですよね」
『いいたてファーム』周辺は、地表1mで毎時1マイクロシーベルト超の空間放射線量。事故前のおよそ33倍を超えるところが多数あった。
除染マネーを食いものにするゼネコン
放射能汚染と除染の“いたちごっこ”のような闘いが続く中、住民は放射性物質だけでなく、行政の監視まで求められている。東京新聞が今年5月に報じた「除染費用の水増し請求」をきっかけに明るみに出た、福島の現実だ。
除染事業を請け負うJV(共同企業体)の下請け企業の一部が「森林」を「竹林」と装い偽の報告書を提出、単価を10倍に水増しし、約2500万円を不正に受け取っていた。昨年11月時点で、福島市はこの事態を内部告発により把握していたが、数か月にわたり放置した。
これに対し住民有志は5月15日、市の監査委員に住民監査を請求、JVの不正受給分を返還させるよう求めた。市は今月6日にようやく返還請求に至り、現在、刑事告訴の準備も進めている。
監査請求を行った熊坂修一さん(65)は「私たちの税金をドブに捨ててほしくない。ほかにも隠されていることがないか、行政で厳しくチェックしてほしい」と話す。また、住民有志の代理人・馬奈木厳太郎弁護士は「市が把握してから9か月経過しているが、監査請求した意義はあった。しかし除染を適切にやるのは法律上の義務。返還請求・刑事告訴で幕引きをはかり、他の地域には問題ないと結論づけるのは早計だ」と指摘した。
今年に入り、除染事業をめぐるゼネコンの不正も相次いで明るみに出ている。『大成建設』の共同企業体は5月、除染を行っていない南相馬市の農地を「除染ずみ」として虚偽の報告を行い、加えて6月には、『安藤ハザマ』が従業員の宿泊人数や単価を改ざんした領収書をいわき市と田村市に提出したことで、東京地検特捜部が家宅捜索を行っている。
「各地で除染をめぐる問題が噴出しているが、これにより住民の被ばく回避、地域の原状回復措置の中核である除染への信頼だけでなく、行政への信頼をも失墜させている。自主避難者への住宅支援の打ち切りや避難指示解除のスケジュールは、除染完了ありきで進められた。実態に沿わない国の方針は見直されるべきです」(馬奈木弁護士)
“被災地に寄り添う”とはどういうことか、国はもちろん、私たち自身があらためて考えなければならない。
取材・文/吉田千亜◎フリーライター、編集者。東日本大震災後、福島第一原発事故による放射能汚染と向き合う母親たちや、原発避難者への取材を精力的に続けている。近著に『ルポ 母子避難』(岩波書店)