インターネット経由で購入した薬の約40%が偽物!

 奈良県でC型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造医薬品が発見されたのは、今年1月のこと。その後、京都、東京、大阪でも見つかり、その数は15点に。本件による健康被害は出なかったが、過去には偽造医薬品による健康被害が起こっているのだ。私たちはどのように、偽造医薬品から身を守ればいいのだろうか。

「わが国の正規流通経路では、偽造医薬品が紛れ込むことはほとんどなく、医療機関や薬局で偽装品が患者さんの手に渡る事件は、極めてまれです。過去にもほとんど例が見られないケースですね」

 そう語るのは、国内外の偽造医薬品蔓延の状況と、その対策に関する研究を行っている、金沢大学医薬保健研究域薬学系国際保健薬学研究室の坪井宏仁准教授だ。

 偽造医薬品とは、

(1)有効成分も有害成分も含まれていないもの

(2)未知の成分が含まれているもの

(3)表示とは異なる医薬品が入っているもの

 の3つに大別される。(1)のケースでは有効性が得られないかわりに健康被害も現れにくいが、治療の機会喪失による健康状態の悪化(死亡例もあり)などを招きかねない。一方、(2)や(3)の場合は、重篤な健康被害に結びつく危険性がある。

 今回のハーボニーの件では(3)に分類される偽造品が出回った。なぜ、偽造医薬品が流通してしまったのだろうか。

 その原因について「薬局がハーボニーの仕入れに非正規流通経路を利用したことにある」と坪井氏は指摘する。

 通常、わが国の医薬品は製薬会社から医薬品卸業者を通して薬局や病院へ。あるいは、製薬会社から直接医療機関へ卸され、患者の手に渡る流通ルートをたどる。

 だが、これとは別に、製薬会社以外から安く医薬品を仕入れ、卸す“非正規流通経路”があるとされる。今回、偽造医薬品が紛れ込んだルートでは、法令上定められている医薬品を持ち込んだ者の氏名、医薬品名、数量などの記入は行われていたが、身分の確認は実施されていなかった。

 後の調べで、偽造医薬品を持ち込んだ者の氏名は偽名だったことが判明。今回の件は、流通経路における医薬品取引の仕組みの隙をつかれたと考えられている。

 ハーボニーの調剤を行うことが多いという京都府の保険薬局に勤務する薬剤師Yさんは、「期限切れによる医薬品のロスなどを軽減するために、非正規流通経路に興味を持っていました。しかし、ハーボニーの事件以降、利用は考えていません」と言う。

「薬局は患者様に偽造医薬品が渡らないようにする最後の砦です。偽造医薬品は健康被害を与えるだけではなく、命の危機にさらすおそれすらある。今後はこれまで以上に患者様を偽造医薬品の被害から守るという意識を強く持ち、医薬品の供給に携わりたいです」(薬剤師・Yさん)

 また、坪井氏も「今回は、非常にまれな例。薬局が正規のルートで医薬品を購入していれば、今後、国内で同様の事件が起こることはまずないと考えられます」と語った。

 現在、偽造医薬品が患者の手に渡らないよう、薬局で食い止めるための防止策の策定が国を挙げて進められている。6月8日には厚生労働省医薬・生活衛生局の『医療用医薬品の偽造品流通防止のための施策のあり方に関する検討会』において再発防止策が発表され、1日も早い施行が待たれている。

 実は、ハーボニー配合錠だけでなく、私たちが日ごろインターネットで購入している医薬品の半数近くが偽造医薬品だということをご存じだろうか。

「国内で被害にあいやすいのは、店頭ではなく、インターネットを通して医薬品を個人輸入するなど、通販を利用した場合です」(坪井氏)

 そうはいうものの、大半の人は「まさか」と思うだろう。だが、私たちが考えている以上に、偽造医薬品の脅威は身近にあるのだということを示すデータがある。

 昨年、国内で勃起不全(ED)治療薬を製造・販売している4社の製薬会社が合同で実施した偽造ED治療薬に関する調査によると、インターネット経由で発注・入手した治療薬のうち約40パーセントが偽造医薬品だったことが報告されている。

 また、少し古いデータになるが、'06年にはWHOからも、所在地を隠匿した非合法なサイトから購入した医薬品のうち50パーセントは偽造医薬品であるという調査結果が発表されている。

 さらに、'11年には国内でED治療薬の偽造医薬品を飲んだことが原因と考えられる健康被害が2件発生した。1件は海外からの個人輸入薬を服用後、一命はとりとめたものの、副作用と考えられる脳血栓が確認され、もう1件は、いまだに因果関係は明らかにされていないが、間質性肺炎を起こし死に至ってしまっている。病院に搬入された際、この患者のポケットから偽造医薬品が見つかっており、患者宅からも数種類の偽造医薬品が発見されたという。

 これ以降、偽造医薬品による重大な健康被害は報告されていないが、安心はできない。

「もしかしたら偽造医薬品を服用した人が見過ごしてしまうくらいの軽い健康被害が出ている可能性があります」(坪井准教授)

 例えば、海外でやせ薬とされる漢方薬に、うつ病の治療に用いる選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)含有の偽造医薬品が見つかった事例がある。

お薬はネットでは買わない!

 SSRIは、服用開始時に副作用で嘔気が出る場合があることが知られている。このやせ薬はSSRIによる副作用で食欲が低下することを利用し、飲めばやせると謳っていたと考えられる。この場合、死に至ったり、入院したりすることはないが、消費者の身体には軽微な副作用が出ていることになる。しかし、飲んだ人の多くは、それをまさか偽造医薬品のせいだとは考えず「少し気持ち悪い」「食欲がない」ですませてしまっているはずだ。

 このような事例のように国内でも消費者が「気のせい」「いつもと少し違うかもしれない」ですませてしまうような、偽造医薬品による軽微な健康被害が起こっている可能性はあるのだ。

 被害にあわないためには、一体、どうすればいいのか。

 まずは、どのような品目の医薬品に注意すべきか知っておくことが大切だ。インターネット経由で偽造医薬品の被害にあいやすいのは「ED治療薬」「抗肥満薬」「育毛・養毛薬」といった医薬品。そして最近は、これらに加え、シワ改善の目的で用いる「ボツリヌス毒素製剤」の偽造品による被害も増えている。

 ほかの医薬品に比べて、この4つの医薬品の偽造品が多く出回る理由は2つあると考えられる。1つは自費診療の薬だということ。抗肥満薬は、高度肥満症に対しては保険適用となるものの、それ以外、つまりダイエット目的の場合では自費診療となる。ED、薄毛、シワの治療も同様だ。いずれも保険適用はなく自費診療となる。病院と薬局の窓口で支払う金額の合計を考えると、通販で買ったほうが安い場合があるのだ。

 もう1つの理由は、対面で買うのに「恥ずかしい」といった心理的抵抗が働きやすいことが挙げられる。インターネットなら、医師や薬剤師に根掘り葉掘り症状について聞かれることがなく、待ち時間も不要だ。こうした消費者の心理をうまく利用した結果、偽造医薬品のターゲットにされやすくなる。

 では、インターネット経由でこれらの医薬品の購入を考えている人は、どのような点に気をつければいいのか。

 被害を遠ざけるために心がけることが3つある。

(1)インターネットを利用しない

(2)薬局で薬を買う

(3)やむをえずインターネットを使う場合は、信頼できるウェブサイトを経由して購入する

 偽造医薬品の真偽を見極めることは大変難しい。よって、大前提として偽造医薬品が自分の手元に届いてしまう前の段階で食い止めることが大切だ。

海外で薬を購入する場合も要注意

「女性であればダイエットや美容関連の薬、男性だとED治療薬など、人に知られることなく、ときに安く購入できます。しかし、安易な気持ちで、インターネット経由で医薬品を購入すると偽造医薬品の被害にあう可能性が高いのです。手間やお金がかかっても、しっかりとした医療機関で購入することをおすすめします」(薬剤師・Yさん)

 それでも、どうしてもインターネットを使って医薬品を購入しなければならない場合には、サイト選びの際にチェックしたい4つのポイントがある。

●医薬品販売の許可を受けた事業所が運営するウェブサイトであること

●日本語が不自然でないこと

●発送元が日本であること

●事業所や工場の所在地が日本であり、その場が不自然でないこと

 医薬品の販売は薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)によって、薬局開設者と医薬品販売許可を受けた者に限られている。これはインターネットにおける販売も例外ではない。そのウェブサイトが、医薬品販売の許可を受けているかについては必ず確認したい。

 また、事業所や工場が日本国内だったらそれでいいというわけではない。工場が「東京都千代田区」という都心のど真ん中といった、ありえない所在地になっている場合があるので、記載された情報を鵜呑みにせずに確認するのもひとつの手だ。

 さらに、これから夏休みを迎え、海外旅行中に購入する医薬品に関しても注意が必要だ。

「開発途上国への旅行で薬が必要になった場合には、多少高くても外国人観光客が多く訪れる店で購入すると安心です。また、その際は、できるだけ先発品メーカーまたは日本でも知られているメーカーの医薬品を選ぶほうがリスクが低いと思います」(坪井氏)

 開発途上国では、正規製薬会社が作った医薬品でも“品質不良品”が存在し、有効成分が少なすぎたり、多すぎたりする医薬品が店頭に並んでいる可能性がある。だが、先発品メーカーが製造した医薬品の場合は、品質不良品に当たる可能性が低いという。

 また、体調が悪いときに、海外旅行帰りの友人などから、たまたま海外で購入した医薬品をもらうような場面があるかもしれない。このような場合にも注意が必要だ。

「海外で購入した医薬品を友人が悪気なく善意で譲ってくれるかもしれません。しかし、その中にも偽造医薬品が紛れ込んでいる可能性があります」(薬剤師・Yさん)

 偽造医薬品の被害にあわないための対策は決して難しいことではない。誰にでもすぐに実践できる。ぜひ、これらのポイントを踏まえ偽造医薬品の被害から身を守り、安心して薬と付き合ってほしい。