村上裕さん 撮影/佐藤靖彦

“普通”の呪いに縛られないで!

 カウンセラーの村上裕さんは、自らゲイを公言し、ご自身のカウンセリングルームでLGBTQI当事者(※)と、その周辺家族を支えるお仕事をしています。また近年は、企業や教育現場からのLGBT研修講師やコンサルティングの依頼を、精力的に受けています。

(※)L=レズビアン(女性同性愛)、G=ゲイ(男性同性愛)、B=バイセクシャル(両性愛)、T=トランスジェンダー(性同一性障害)、Q=クィア(他のセクシュアルマイノリティーの総称)、I=インターセックス(性分化疾患)。

 そんな多忙な日々を送る売れっ子カウンセラーが、寸暇を惜しんで本書『孤独な世界の歩き方』を書いた理由のひとつは、マジョリティーが考える“普通”が、いかに人を縛っているかを、知らせたかったからでした。

マジョリティーの外にいる私だからこそ、見えていること、感じていることがあると、編集さんからおっしゃっていただきました。例えば、世間の“普通”は結婚しないと恋愛のゴールにならない、その後は子どもを産まなくてはいけない、その後はいい教育を受けさせねばならないなど終わりのない“幸せの証明”に無意識に追いかけられています。これってちょっぴり疑問に思いませんか?

『孤独な世界の歩き方』村上裕=著(1400円/イースト・プレス)※記事の中で画像をクリックするとamazonの紹介ページに移動します

 同性愛者は、結婚という社会制度の外にあります。人間なので愛情も性欲もあり、社会の中で生きているのは同じなのにもかかわらず、です。そして同性愛者すべてが不幸かといえば、もちろん違います。世間的な“幸せの証明”がなくても、充実した人生を歩んでいる人は多く、さらに言えば、それは同性愛者以外でも同じことなのです。

「そもそも私はセクシャルマイノリティーですが、身体障がい者の方は機能のマイノリティーですし、外国の方は国籍や人種のマイノリティー。さらには“今、自分はすべてにおいてマジョリティー”と思っている人も、将来なにかしらのマイノリティーになる可能性はあります。そう考えると、誰もが生きやすい世界は、自分が常に安心して生きられる世界。決して“普通”に縛られる世界じゃないんです

 あの人はゲイだから、子どもがいないから、シングルマザーだから、再婚家庭だから、身体が不自由だから、日本国籍じゃないから、年をとりすぎているから……他人が考える“あの人は《普通》じゃない”には、たくさんの事情が含まれます。しかし本当はその事情そのものよりも“そうなってしまったら、おしまいなのだ。差別されても(しても)仕方がないのだ”という呪いじみた考え方に、日本中が縛られているから不幸なのです。

 本書には村上さんが苦しみながら見つけた、幸せになるノウハウや、現在苦しんでいる人たちに寄り添う言葉が、たくさん記されています。LGBTQI当事者であるかどうかにかかわらず、ページをめくりながらハッとなる瞬間を、何度も体験することでしょう。

幸せの形は千差万別、自分で決めていい

 いまでこそ“普通”の呪いから自由になっている村上さんですが、恵まれなかった幼少期と、性的マイノリティーゆえの差別を経験したことで、心身が病み、普通に憧れた過去があります。

「普通の人は自信があってコミュニケーション能力があって、ゲイじゃないから幸せだと思い、羨ましかった。でも、自分を好きになり自尊心を持たなければ、何をしても不幸です。自分を好きになることと普通って、別ものなんです

読者プレゼント用のサインには「ありがとうございます」のひと言を添えてくれた。終始、穏やかな笑顔の村上さん 撮影/佐藤靖彦

 一時は死を考えるほど悩んだ村上さんですが、今もともに暮らすパートナー、パンダさんに出会い、心理学を学ぶことで、自分を取り戻します。そして現在、もうひとりのパートナー、マイティさんも入れた3人で暮らしていることを、本書の中で触れています。

私が自分の生活を例にとり、パートナーシップについて書いたのは、生き方の多様性を紹介したかったからです。同性愛者にも異性愛者と同様、一夫一妻制の自縛があります。でも私はあくまで個人的にですが、当人たちが幸せならば、パートナーシップの形はなんでもいいと思っています。当然、コミュニケーションと同意が取れている、という前提ありきですが

 村上さん自身は、1対1でパートナーシップを持つモノガミーという指向ではなく、1対多数もしくは多数対多数でパートナーシップを持つポリガミーという指向です。それゆえ、2人のパートナーとともに家族として暮らすことを、選択したのです。

「話す勇気と、受け入れてくれる信頼があれば、この形は難しいことではありません。異性愛者の方でも、同じ人に魅力を感じるから仲よくなれる、婚姻関係の有無に関係なく助け合うというコミュニティーを作れる可能性はあると思います」

 万人がポリガミーになる必要はないのですが、“そういった指向・概念がある”“いろんな形で幸せになっている人がいる”と知ることは、ますます“普通”からの解放につながります。

結局、とにかく幸せに生きてほしいというのが、私がすべての読者に言いたかったことです。“普通”に振り回されていたかつての自分のような人に、形にこだわらず幸せに生きれば、周りを幸せにでき、間違いなく笑顔が広がります

 見えない“普通”より、たしかな自分を大切にすること。それさえ忘れなければ、人生は楽しく、きっとシンプル。この爽やかな読後感、本書を手に取りぜひ体験してください。

ライターは見た! 著者の素顔

 初見でタイトルに“ゲイの心理カウンセラー”と冠がついていることに、違和感を持っていた私。しかし読み進むうち、若き日の苦しむ村上青年を救う、異性愛者のカウンセラーはどこにもいなかったこと、この冠はいわば、ある人たちにとっての救いの象徴であることに気づきました。「日本では約20年前まで、ゲイは精神科の治療対象。でも今はLGBTという言葉も定着し、着実にいい方向に進んでいます」。村上さんの強く優しい気持ち、届けば幸いです。

(取材・文/中尾巴)

<プロフィール>
むらかみ・ゆたか◎1982年、福島県生まれ。心理カウンセラー。千葉商科大学にて経営・商学を学んだ後、専門学校にてマイクロカウンセリング理論、来談者中心療法、動物介在療法、芸術療法などを学ぶ。2007年にカウンセリングルームP・M・Rを開き、東京都中野区を拠点に数百人を超えるLGBTQI当事者や周辺家族の相談を受ける。また企業や法人、学校などにLGBT研修を提供し人材育成にも注力する。