数多くのバラエティーや情報番組の“ご意見番”として世の出来事を一喝。春ドラマの日曜劇場『小さな巨人』(TBS系)では、キーマンとなる元警視庁・捜査一課長を演じ、放送されたばかりの音楽特番『音楽の日』(TBS系)では、大ヒット曲『夢芝居』を披露。日に日に、梅沢富美男の顔を見る機会が増えている。
ここ数年のブレイクぶりが話題となっている“毒舌オヤジ”梅沢が、自身の人生哲学をまとめた著書『正論 人には守るべき真っ当なルールがある』(ぴあ)を発売した。
「いや、何度もお断りしたんですよ。オレの本なんて、誰も読まないからって(笑)」
そんな梅沢の気持ちが少しずつ変化していったのは、担当編集者の熱意と、妻からの「中には、お父さんの言うことに救われる人もいるのよ」という言葉だったそう。
「僕は、“こういう人生”を渡っていく中で、そのつど、そのつど、自分が感じたことを言葉にし、上の人から教わったことを大事に胸にしまってきました」
最近では、そう語る梅沢の“こういう人生”を知らず、
「オレの職業をなんて言ったと思う? “女装趣味のコメンテーター”とか、日に焼けているからか“みかん農家”とか“元プロゴルファー”って言うんだよ!」
あの怒り口調だが、そこには、新たに梅沢へ視線を向けはじめた人たちのことを、うれしく思っているような雰囲気が伝わってくる。
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“下町の玉三郎”と呼ばれる妖艶な女形で見る人を魅了する梅沢(本名・池田富美男)は、’50年に福島県で生まれた。父親は、’39年に旗揚げした剣劇一座『梅沢劇団』の創設者で、戦後まもなくの第一次大衆演劇隆盛期のスター。母もまた、娘歌舞伎出身。8人兄弟の五男として生まれ、1歳7か月で初舞台にあがると“天才子役”と大人気になった。
小・中学校時代は芝居から離れていたが、15歳で役者の道へ。そして、10年後の’76年、兄のすすめで女形へと転身。’82年にドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』(TBS系)の準主役に大抜擢され、芸能界デビューを飾る。同年には、すでに100万枚を突破した『夢芝居』で歌手デビュー。翌年には、紅白歌合戦にも出場し、トップスターへの階段を上っていった。
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「『淋しいのは~』のプロデューサーの高橋一郎さんが僕を見つけて、“テレビに出ないか”って声をかけてくださったんです。それまでに、芝居の修業は十分に積んできたので、よし、このワンチャンスを絶対に逃すものかって思いましたね。
実は、25歳のときに、1度、役者をやめようと思っていたんです。(母親同士が友人だった縁で)石ノ森章太郎先生にやめたいと相談したら、“なに、生意気なこと言っているんだ。無名の役者に壁があるか、バカ!”と言われまして。それも、正論ですよね。あのときの“おまえ、売れるから頑張れ”という先生の言葉がなかったら、役者をやめていたと思います」
『サイボーグ009』や、『仮面ライダー』など、世代を超えて愛される名作を生みだした漫画家の故・石ノ森さんが明言したとおり、見事にワンチャンスをものにした梅沢だが、なぜか、すぐにテレビで姿を見かけなくなった。
「5年から7年は出なかったんじゃないかな。僕は舞台役者ですから。やっぱり、テレビって時のもの。どうせ出たって1年かけてちょっとずつ消えていくんだろうなと、思っていましたから。同じように舞台の話もたくさんきていたので、じゃ、舞台を頑張ろうって。当時は、365日中、360日くらい舞台に立っていましたね。もう少し正直に話せば、当時、テレビに出てもらえるギャラくらいじゃ、劇団員40人を養えないんですよ」
出版イベントで聞かれたこと
ある大きな出来事が起こるまで、舞台中心の生活が続いた。一転したのは、東日本大震災。福島出身の梅沢にとって、生まれ育った故郷が大きな災害に見舞われた。舞台を自粛し、非力さを感じたというボランティア活動を続ける中、ふたたびテレビへ出演するようになった。テンポのいい語り口、多くの人が避ける本音をズバリ言う。その痛快さが、現在の“梅沢ブレイク”につながっている。
先日の出版イベントには、『夢芝居』を知らないであろう若い男女の姿も見受けられた。その会場で、レポーターたちにマイクを向けられ、質問されたのは巷をにぎわせている“松居一代”のこと。
「思いましたよ、俺の本のことは、どうなっているの? って。でも、それで、いいんです。松居さんのことを言うと言わないのとじゃ、新聞やワイドショーの扱いが違うから。これが、“人には、守るべき真っ当なルールがあるんです”って、本のことばかり語っていたら、誰も紹介してくれませんから。
マスコミっていうのが、毒にもなれば薬にもなるってことがわかっている。だから、上手に付き合っていくためには、話しますよ。でも、松居さんのことは、まったく自分と関係がないということじゃない。これまでに、自分で得た経験がありますから。
だから“いい年して、やったの、やってないのは、もういいじゃない”って言ったのは、決して船越さんの悪口でも、なんでもないんです。だって、なにかがあったから、夫婦がモメているんじゃないですか。夫婦生活を30年続けていますけど、一方的にどちらかに非があるなんて話は、100%、いや500%ないですよ」
これまでバラエティー番組などで妻に“遊び”がバレたことがあると、語ってきた梅沢の、重みのある正論。
女の人は上手に扱いなさい
「松居さんのこともよく知っているんです。偉い子なのよ。旦那さんのために一生懸命なの。だから、そういう女っていうのは、炎上したら怖いんですよ。古い話ですけど、『八百屋お七』とか。あれ、みんな熱い女なんです。こうなったら、とどめを刺すまで頑張るんじゃないですか。
芝居のセリフにあるんですが、“女っていうのは、ほめりゃ、つけあがる。殴りゃ、泣くし、殺しゃ、ついでに化けて出る”って。お岩さんの話ですよ。だからね、女の人は上手に扱いなさいよ、っていうのが、世の教えですよね。これ、先輩方の正論です」
まさに、この正論を実践しているからか、これまで交際してきた女性とこじれた経験がないと語る。
「調べてください。ないから。週刊女性にも、ずいぶん前から出ています。いまはなくなっちゃった写真週刊誌なんて常連でしたもん。それに、うちは女房から“別れてやる!”なんて言われたことは1度もない。僕が家族を大事にする部分がたくさんあるからじゃないかな。だから、“まぁ、いいんじゃない。男だから、ちょっと遊んでくれば”ってなるんだと思います。
週刊新潮が僕のことを10日間張ったらしいんです。人のこと平気でいろいろと言うじゃない。だから、“梅沢が不倫していたら面白いネタになる”って張ったらしい。結局は、女のいるところにしか飲みに行かない。店に入るところを捕まえて“何しに来たんですか?”って直撃したら、怒られそうだからやめましたって、記者さんが(笑)。
だって、遊ぶところに行ってるんだから。ビール1杯3000円っていう店でお金払って飲んで、なにが悪いんですか。なんで女性がいるところか? って、女がいなきゃ、そんなところに行かねーよ!」
そうは言っても、奥さんから“いい加減にしたら”とたしなめられることはあるそう。それでも、夫婦円満なのは、お互いを尊敬しているから。
「女房はぜったいに子どもの前で僕の悪口は言いません。もちろん、僕も。だから、子どもたちが父親を嫌がる時期がなかった。僕、1回、離婚を経験していますからね。やっぱり夫婦がお互いに尊敬しあえなくなったら、ダメだと思う」
最後に、著書を通して伝えたいことを聞いてみると、
「これは、口ぐせでもあるんだけど、とにかく、ダメなものは、ダメなのよ。ルールは守らないといけない。自分は、関係ないと思ったら、それでいいよ。ただ、“正論”を守ってきたことで、いまの俺があると思っている。決して、ウソは書いてないです。浮気していて、よく人のことを言うと思う方もいるかもしれない、でも、僕のは浮気じゃない、遊びだから!」
遊び心を忘れない梅沢の“正論=生きていくうえで大切にすべきこと”だから、多くの人から愛されるのだ。