倉本聰脚本の新たなシルバー向け作品として人気を博している、昼の帯ドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系月~金曜昼12時30分~)。4月から半年放送の作品は、昨秋クランクインし、今夏クランクアップした。主演の石坂浩二(76)が、収録10か月を振り返り、胸に去来したこととは──。
「正直、今の気持ちは、各球団を転々とした結果、いよいよ引退を間近にした投手が、大抜擢されて先発し、なんとビックリ、ノーヒットノーラン! を遂げた直後のような気持ちであります。
そのときの投手コメントは、“私ひとりの勝利ではありません。バックのみんながしっかり守ってくれたからです”。まさに、そのとおりのことをみなさんに申し上げたいと思います。
ひとりでは何もできないことをしみじみと感じた10か月でした。(スタッフ、キャスト)ひとりひとりのみなさんに、心から御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました」
石坂浩二は、7月初旬にクランクアップした、主演する昼の帯ドラマ『やすらぎの郷』の収録スタジオで、大役を終えた瞬間、万感を込めて挨拶をした。
重鎮・倉本の野心作、平均年齢78歳!
82歳の脚本家・倉本聰が、“シルバータイム”を標榜して企画し、手がけたオリジナルドラマは、テレビ朝日が新設した放送枠で4月3日からスタートした。
内容は、テレビ業界に貢献した者だけが入居できる、老人ホーム“やすらぎの郷”を舞台にした悲喜こもごもの人間模様が描かれる。
主役の石坂をはじめ、浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、五月みどり、6月に亡くなられた野際陽子さん、八千草薫、藤竜也、ミッキー・カーチス、山本圭ら主要キャスト10人は、平均年齢78歳、大ベテランが顔をそろえた。
元夫婦の石坂と浅丘が、16年ぶりに顔合わせするなどの話題性もあって、初回視聴率8・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と好発進した。
倉本が、長年親交のある役者たちにあて書きしたことで、演者のキャラクターを生かした役柄や設定のうまさ。石坂演じる主人公が、次々にトラブルに巻き込まれる物語の面白さ。最近のドラマではタブー視されるタバコを吸うシーンが目立つこと。“テレビを今みたいにダメにしたのは、そもそもテレビ局そのものだからさ”といった、業界に一石を投じる皮肉のきいたセリフなど、見どころの多い作品として、視聴率6~7%を堅持。大御所の倉本が旗振り役のドラマ作りは、新たな試みとして、評判に。
最近は、遊び心もみせ、倉本が、主題歌『慕情』を歌う中島みゆきと一緒に、“やすらぎの郷”の住人としてカメオ出演し、話題になった。
75歳という年齢で引き受けた主演作に加えて、帯ドラマで半年放送という長丁場の作品は、石坂にとって挑戦だった。
「老骨にムチを打っています(笑)。でも、60年以上、俳優の仕事をやってきて、こういう役をやれなければ、これまでの60年間を無駄に過ごしてきたことになる。(過去には仕事で)いろいろな失敗や勉強をしてきて、ノウハウもある。そうした自分がやってきたことを全部、出すことができればと思いました。
今回は、スタッフも若く、(テレビの)白黒放送や(ドラマが)生放送だったことも知らない。でも、セリフとしては出てくる。キャストではわかりあえても、スタッフが知らないことがうれしかったりして、それが意外にも楽しい、と感じました」
20分放送で、全130話、ほぼ毎シーンに登場するだけでなく、ナレーションも担当。セリフの量も膨大だ。
過去には、『天と地と』『元禄太平記』『草燃える』の3作品の大河ドラマにも主演している。
「セリフの量は、大河ドラマよりも、はるかに多いんじゃないかな」と、石坂。
野際さんとの思い出、元妻&元恋人との共演
昨年10月から始まった収録を振り返って、印象的だったことに、野際さんとの共演をあげた。
「共演経験のある役者さんと1対1で、芝居をするのは、すごく楽しいんです。
野際さんとは、一緒のシーンが多くて、しかも長いシーンもあって印象に残っています。野際さんの(セリフの)間の取り方や言い回しを見ていると、芝居をしていても半分、観客のような気分になっていました。
芝居のキャッチボールというより、芝居をしている姿を生で見られることがうれしく、贅沢(ぜいたく)な気分でした」
野際をはじめ、往年の名女優たちと共演し、私生活で元妻の浅丘、元恋人の加賀に挟まれ、ドラマとはいえ右往左往するシーンもあり、僭越(せんえつ)ながら、やりにくさはなかったのだろうか?
「まったくない。すごく楽しいですよ。非常に懐かしいというか、仲間うちといいますか……。向こう(2人)は、私のことが扱いやすいようで、遠慮がないみたいです。僕は、遠慮していますけどね(笑)」
折り返しに入った『やすらぎの郷』は、新たな登場人物によって、大きく話の転換点を迎える。クライマックスに向けて、そのヒントは主題歌『慕情』に、集約されているという。
「マラソンでいえば、もうひと山、控えています」
クランクアップし、ひと足早くゴールした石坂からのメッセージ。山越えの先にある風景、見るしかなさそう。
■“こもれびの郷”?
何かと話題になり、反響も多い『やすらぎの郷』。石坂自身に届いた声には、笑える勘違いも。
「僕は、SNSとかまったくやらないのですが、男子中学・高校の同級生が、“武藤(石坂の本名)が、(主役を)こんなにちゃんとやれるのは、人生で最後だろう”と、ブログで宣伝してやると。でも、別の同級生から“あいつ、『こもれびの郷』って、違う題名をすすめているぞ”って。娘や孫が見ているという話も聞かされて、“見たことのない女優さんだけど、魅力的”と、言っているのを聞いて、うれしかったですね」