近年、日本人の死亡原因の上位になった「肺炎」。特に、「誤嚥性肺炎」で命を落とす高齢者が増えているが、のどの衰えや老化による“誤嚥”は、40代から始まる。のどの筋肉を鍛える生活習慣&簡単メソッド“のど活”で肺炎を遠ざけよう。
なぜ、のど仏を鍛える必要があるの?
体力や気力、筋力や食欲など、いくつになっても元気に過ごすために必要な要素は複数あります。その中でも特に大切なのは、食べ物を飲み込む力、つまり嚥下(えんげ)機能です。
「生き物が生きていくためには、食べることが不可欠。私たちは日々、当然のように食べ物を食べていますが、加齢によって飲み込む力が衰えると誤嚥が起きます。誤嚥によって食べた物が気管や肺のほうに入ってしまうと誤嚥性肺炎を発症してしまいます。特に高齢者にとっては、誤嚥性肺炎は命取りになります。誤嚥を防ぐために飲み込む力を維持することが、健康寿命を決めるカギとなるのです」(西山先生)
■加齢とともに誤嚥が起きやすくなる理由
飲み込み力のカギを握るのは、“のど仏”です。正式には「甲状軟骨の喉頭隆起」という名称で、女性にも備わっています。
気管と食道の分岐点には「喉頭蓋(こうとうがい)」というのどのフタがあり、食べ物を飲み込むときには瞬時に倒れて気管の入り口をふさぎます。そうすることによって食べ物が気管に入らないようにしています。
このときに働くのが、喉頭拳上筋群と呼ばれるのど仏を引っ張り上げたり下ろしたりする筋肉や腱です。
「私たちののど(喉頭)はあごから宙吊りされているような構造になっていて、それを喉頭拳上筋群が支えています。不安定な宙吊り構造のため、喉頭を支える筋肉がわずかでも衰えてくると引力に負けて下がりやすくなります。年齢とともにお尻が垂れてくるように、のど仏も下がってしまうのです」(西山先生)
つまり、年齢とともに、のど仏周辺の筋肉が衰えて、うまくフタが閉まらなくなると、誤嚥が起きやすくなるということです。
■のど仏まわりの筋肉を鍛えて飲み込み力をアップ
実は、のど仏は40代から下がりはじめています。のど仏が下がるのは、のど仏を上下させている喉頭拳上筋群の力が落ちているから。
「飲み込み力を鍛えるためには、普段からのどの筋肉を鍛えることが大切です。腹筋や背筋のように、のどの筋肉もトレーニングによって強く丈夫にすることが可能です。あらゆる筋肉はいくつになっても鍛えることができますから、70代、80代の人でも、トレーニングをすればちゃんと筋肉がつくのです」(西山先生)
簡単なトレーニングを続けるだけで、十分にのどの筋肉を鍛えて飲み込み力をつけることができます。一般的に、筋肉をつくるのに要する時間は約6週間程度で、それはのどの筋肉も同じだそうです。
■のど活で健康を保ち、健康寿命をのばす!
のどは、「嚥下」「呼吸」「発声」という、人間が生きていくうえで欠かせない3つの機能を担っています。
「私はこれまで、飲み込み力が衰えた患者さんを1万人以上、診ています。ほとんどが70代、80代の高齢の患者さんですが、飲み込み力をつけるトレーニングをすることで嚥下機能が回復し、健康状態が快方へ向かっていく方がたくさんいらっしゃいます。飲み込み力のトレーニングに取り組むことで、高齢の方も数年は寿命がのびると言っても過言ではないのです」(西山先生)
ちなみに、早い段階で飲み込み力をつけるトレーニングを始めれば、さらに寿命をのばすことが可能なのだとか。40代、50代、60代からトレーニングをスタートすれば、10年は寿命をのばすことも可能ということです。
のどを鍛える生活習慣
■おしゃべり
一般的に女性はおしゃべり好きだといわれていますが、実際、加齢によるのど仏の下がり具合を男女で比較した場合、女性のほうが下がり幅が少ないことがわかっています。ただし、食事中のおしゃべりはムセたり咳き込んだりする原因になるため、気をつけましょう。
■よく笑う
特に大笑いはテキメン。腹部の横隔膜が上下して大量の息が出し入れされるため、呼吸機能を高める効果が期待できるのです。また、のどの筋力をつける効果も期待できます。
■カラオケをする
おなかの底から声を出していると、自然に深く息を吸ったり吐いたりするようになるため、呼吸機能が鍛えられ肺活量が増加。嚥下にも好影響をもたらします。また、しっかり声を出してカラオケを歌っていると、のど仏がさかんに上下し、結果的に喉頭拳上筋群が鍛えられます。
■有酸素運動を行う
飲み込み力は全身の体力と相関しています。体力を維持するためにもっとも適しているのは有酸素運動。ウォーキングやジョギング、水泳、エアロビクスなど、酸素を取り入れながら行う運動です。血行や代謝を促進するのはもちろん、呼吸機能や肺活量を高める効果も期待できるのです。
■鼻呼吸をする
食べ物を飲み込んだ直後には、息を吐くのが基本です。ところが、呼吸が浅い人や肺活量が落ちている人の場合、飲み込んだ直後に息を吸ってしまうことが多く、その呼吸のクセによって誤嚥が引き起こされるケースが少なくありません。また、食べている最中に無意識に息を吸ってしまうため、口呼吸をするクセがある人や鼻づまりの人も要注意です。
食べ物を飲み込みやすいかどうかは、食事の際の姿勢によっても大きく変わってきます。イスの場合は、背中を伸ばし、軽くおじぎをして食べるのが理想的。背もたれに身体を預けるような姿勢や猫背で食べるのはよくありません。
誤嚥を防ぐ有名な方法には“うなずき嚥下”と呼ばれる飲み込み法があります。やり方は簡単で飲み込む瞬間に下を向いてゴックンするだけ。
後半は「飲み込み力」UPトレーニングです。どれかひとつだけでも日々の習慣にしていけば、将来の自分に大きく返ってきます。
「ハードルが低めのメニューを長く続けることが、いちばんいい結果につながりやすいです」(西山先生)
のどの筋トレ
のど仏を上下させている喉頭挙上筋群をはじめとするのどまわりの筋力を鍛え、飲み込み力をつけます。
■のどE体操
アルファベットの「E」を「イィ~」と長く発声させる感じで口を横に伸ばし5秒ほど奥歯を食いしばるように力を入れて、のどの筋肉を緊張させます。のど仏を上げることを意識しながら、5~10回行いましょう。声は出さなくても大丈夫ですが、やりやすい場合は「イィ~」と声を出してもかまいません。
■あご持ち上げ体操
あご先に両手の親指を当て、あごと指で押し合いっこをする体操です。頭のほうは、あごを引き、頭を下へ向けて下方向へ力を込めていきます。手のほうは親指に力を入れて、あごを持ち上げるように押し返していきます。押し合っている状態を5秒間キープし、5~10回繰り返しましょう。強く押し合っているときに、のど仏周辺に力が入るようにするのがコツ。
呼吸トレ
飲み込み力を維持するために不可欠なのが、健全な呼吸機能です。
■吹き矢
肺活量が必要なスポーツのひとつに、息を吹いて矢を放ち得点を競う「スポーツ吹き矢」があります。高齢者でもできるので、趣味や習い事として始めてもいいかも。呼吸機能が鍛えられ、嚥下機能の維持にも役立ちます。ラップの芯を筒にして、新聞紙などを丸めてテープで巻いたものを矢のかわりにすれば、手作り吹き矢が完成。的に当てたり、家族と飛距離を競ったりすれば、楽しみながら呼吸&嚥下トレーニングが。
■風船ふくらまし
呼吸機能や嚥下機能をすこやかにキープしていくためにも、風船をラクにふくらませられる程度の肺活量を維持しておきたいもの。普段からトレーニングとして定期的に風船をふくらませれば、意識的に肺活量を維持することが可能に。「1日に1回ふくらませる」や、「1週間に1回、連続3つふくらませる」「1か月に10回をノルマにする」といったように自分なりのルールを決めて行うといいでしょう。
発声トレ
嚥下と発声はほぼ同じ筋肉を使っています。しっかり声を出すことは飲み込み力の向上につながります。
■ハイトーンボイス・カラオケ
カラオケでしっかりと声を出して歌うと、嚥下機能のカギを握っているのど仏周辺の筋肉を効率よく鍛えることができます。さらに効果を引き出すためには、高い声を出して歌うのがコツ。のど仏は高い声を出すと上がり、低い声を出すと下がり、この上下運動を行うことでのど仏周辺の筋肉が鍛えられるのです。できるだけ高い声で歌う“ハイトーンボイス・カラオケ”で、楽しみながらのどの健康をアップさせましょう。
■のど仏スクワット
高い声と低い声を交互に繰り返して出し続けていれば、のど仏はそのたびに上がったり下がったりを繰り返し、結果的にのどの筋肉が鍛えられます。のど仏スクワットは、「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ」「カ・ケ・キ・ク・ケ・コ・カ・コ」という一般的な発声練習をアレンジしたもの。「ア」「イ」「エ」のときには思い切り高い声を、「ウ」「オ」は思い切り低い声を出し、高低をつけて発声します。できるだけ大きな声ではっきりと、高低差をつけて発声するのがコツです。
◇ ◇ ◇
最後に、ムセたとき・食べ物をのどに詰まらせたときの応急処置について。
上体を起こしたまま水を飲ませたり、背中をトントンと叩くのは間違いです。水を飲ませるとその水を誤嚥する可能性があり、上体を垂直にした状態で背中を叩くと、内容物が肺方向へ入ってしまうのです。
自発呼吸がある場合は、咳をさせることが大切。上半身を倒したり横向きに寝かせて背中を叩き、咳をさせましょう。また、口の中をのぞいて詰まったものが見える場合は、ゴム手袋などを装着して指でかき出します。
<教えてくれた人>
西山耕一郎先生
医療法人西山耳鼻咽喉科医院理事長。東海大学客員教授、藤田保健衛生大学客員教授。北里大学医学部卒業後、北里大学病院などに勤務し、’04年に現在の医院を開業。