地元紙に掲載され、ネットで拡散した言葉「独身税」。なぜ未婚者を狙う? シングルマザーはどうする? といった反対意見が続出し、あっという間に火の手があがった。
「石川県かほく市の『ママ課』が提案した」という誤解の炎上スピードはすさまじく、
「市には数百件を超えるメールや電話が殺到、今月5日には市の声明も発表しています」
と市の担当者も頭を抱える。
ひとり歩きした「独身税」
ことの起こりは先月29日。「北陸財務局キャラバン」という財務省の取り組みの一環が同市で行われ、ママ課のメンバー7人も参加。財務省の主計官から国の財政状況や少子高齢化に伴い、社会保障費が増える旨が説明された。
そこで将来、税負担が増加すると考えたのか。報道によるとメンバーのひとりから「結婚後に出産し、生活水準が下がったなと思ったりする。独身者にもちょっと負担をお願いできないか」と意見が出た。それに対し、主計官が、「独身税という考え方がかつて出たことがあったけど今はない」と話したことが発端だった。
「報道された趣旨は事実ですが、会話の一部のみを切り取られ、提案があったような書き方や“独身に負担”だけが強調されて、ひとり歩きした」(市の担当者)というのが、『独身税』騒ぎの真相のようだ。
同時に全国的に関心を集めた『ママ課』。どんな部署?
再び担当者が説明する。
「結成は昨年1月。20代~40代のママさんたち15名が登録しています。専業主婦も共働きの方もいます。公的機関ではなく、ボランティア。もちろん報酬もありません」
本来の取り組みは「子育てのしやすさ、まちづくりにも母親の視点を取り入れ、かほく市で子育てをすることのPRがメインです」と担当者。
月に1回、集まる場所は市役所の会議室。そこからお母さん同士が場所代とお茶代を割り勘にして集まる『ママカフェ』が誕生。東京で開催した市主催のイベント“かほく団欒フェア”に参加して、市の住みやすさをPRするなどの活動が生まれたりしている。
同市の30代の主婦は「取り組み自体はいいと思う。ただ、ひと言よけいだったね」と苦笑いしつつも、活動に対しては好印象だった。
炎上騒ぎで「活動は白紙」と市担当者。
かほく市に限らず、母親目線での地域紹介やまちづくりなど取り組みは全国に広がる。
静岡県富士市には『ママ部!』がある。今年5月に産声を上げたばかり。そこでも求められているのは「地域の魅力を発信するためのお母さんたちの目線」だ。
同市担当職員が説明する。
「ママ友、同じ境遇の友達がいない、何かやりたいけどやり方がわからない、という悩みや孤独を感じる人も少なくありません。でも、SNSを活用した情報発信なら気軽にできる。今はスキル習得のための講座を開催しています」
ママさんの発信力に自治体が期待するのは、近い将来、日本が直面する人口減社会にどう対処するのか、どうにかして自分の住む地域の人口減は食い止めたい、という本音から。『ママたち』が発信する生活実態、等身大の暮らしの彩りが、どんな広告費を投じても得られないような発信力になっているのだ。
お母さんの孤立を避ける
地域の人口が減らないことはいいことずくめなのである。そのことを、まちづくりや地域活性化などに取り組む一般社団法人『いなかパイプ』の佐々倉玲於さんに聞いた。
「少子高齢化で地域の人口が減少すると教育や医療環境の質が低下します。いくら自然は豊かだとしても、子育て環境としてはいいとはいえません。でも、子育てをする世代が増えれば維持できます」
以上が1点。もう1点は、
「専業主婦になれば、1日の大半を子どもとのみ過ごします。これが毎日続くとストレスがたまり、追い詰められてしまうことがあります。息抜きや社会とのつながりを持つことは、とても大切です。お母さんの孤立を避けるためにも、こうした活動が効果的ではと考えられていると思います」
子育て世代の人口を増やすため移住を促す取り組みに本腰を入れている自治体もある。
静岡県藤枝市。今春、移住促進雑誌『さとやママ』を発行した。中山間地域の少子高齢化を食い止め、子育て世代の人口増加を狙う同市が、里山暮らしの様子を移住した母親目線でまとめた冊子だ。
「5家族に登場してもらい、移住してよかった点、大変だったところなど率直に話してもらっています。冊子を読んで引っ越し準備をしている子育て世代の家族もいます」と同市担当者。さらに、
「移住体験ツアーも行っています。先に移住した人たちと、移住前から交流できれば、移住後にも相談できる関係性を構築できます。実際の暮らしぶりを見ながら、交流、相談ができるのも魅力です」
と効果を実感し、成功の理由を「市と移住者がタイアップしたプロモーション活動ですね」と明かす。
千葉県流山市では、13年前から共働きの子育て世代を定住させたいと、取り組みを開始している。2010年、首都圏の交通機関に掲出されたポスターのキャッチコピーは「母になるなら、流山市。」インパクトも手伝い、人口は10年前より約2万5千人増、子育て世代も増えている。
同市ではお母さんたちが交流し、お互いに夢を語り、その実現のために提案者をみんなが応援するという流れもできているという。そこから新しいビジネスやサービスが芽吹き、やがて雇用の幹に育つ。
残る課題は
同市での取り組みに関わるメンバーの女性(32)は、
「活動を通して、市のことがどんどんわかり、愛着が生まれもっと好きになりました」
と笑顔。流山市の担当者も、
「地域のよさを発見すると伝えたくなります。ママたちの情報は楽しいですよね。それに生き生きとしたお母さんの背中を見る子どもたちにも刺激になる」と手ごたえ。
一方で、課題も残る。前出の女性メンバーは、
「お父さんたちが置いてけぼりになってしまっています。活動に反対はされませんでしたが、理解も乏しい。“遊びの延長”と思われることもあります。私たちは真剣に活動をし、責任だってあります」
だからといって、活動をやめるわけにはいかない。
「地域で重要なのは施設の充実よりも顔を知っている人がいて、挨拶を交わし安心して暮らせることじゃないかな」
『ママ課』『ママ部!』といった“新部署”から生まれる発案や交流が、街の将来に欠かせないものに育っている。かほく市『ママ課』の今後の活動にも期待したい。