厚生労働省の調査では、この25年間で母子世帯は1・5倍に増えた。平均年間就労収入は181万円。貧困が隣り合わせの状況だ。厚生労働省は『はたらく母子家庭・父子家庭応援企業表彰』に取り組み、ひとり親の就労支援に力を入れている企業を表彰している。平成26年度に表彰された、ある企業を訪ねた。
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長野県岡谷市の山あいの中腹にある『リバー・ゼメックス』は医療処置具を製造している企業だ。従業員57名のうち、女性は48名。特筆すべきは22名をシングルマザーが占める点だ。
会長の西村幸さんに「なぜシングルマザーの雇用率が高いのか」を問うと、意外な答えが返ってきた。
「実は、はたらく母子家庭・父子家庭応援企業として表彰されたとき、その企画を知らなかったんですよ。シングルマザーの雇用を意識していたわけでもなくて。表彰されて以来、地域のハローワークからも電話がかかってきてね。“シングルマザーなんですが、(つないでも)いいですか?”と」
周囲の称賛に困惑しながらも、こう話す。
「一億総活躍」の号令のもと、国会議員から、「シングルマザーの雇用について、法制化したいので話を聞きたい」と言われるようにもなった。しかし、西村さんの思いは別のところにある。
「法制化の問題ではないんですよね。制度も必要ですが、もっと本質的な問題。シングルマザーに対する偏見をなくさないといけないと思うんです。ハローワークから“シングルマザーですが、いいですか?”と言われることも正直に言うと違和感があります。そもそも、履歴書に子どもや配偶者の有無を書く欄があったり、それによってひとり親かどうかがわかってしまうこと自体がおかしい。本来は、得意なこと、会社でやりたいことだけ書いてあればいいはずなんです」
面接官の多くは男性で、子育ての大変さを知らない。ましてや、シングルマザーの抱える困難な状況を彼らが知る機会は少ない。だからこそ、「シングルマザーは子育てを優先し、仕事がおろそかになるのではないか」と偏見を持つのだろうと西村さんは言う。
リバー・ゼメックスで働くシングルマザーの社員からは、「仕事を続けたい」「子どもを食べさせなくては」という気迫や責任感が伝わってくる。気がついたら、「女性やシングルマザーの雇用率が自然に高くなっていた」という。
鍵となるのは周囲の人たちのあり方だ、と西村さんは考える。周囲がシングルマザーの状況を理解し、バックアップする環境があればいいのではないか。
「親は、子どもが熱を出したら病院に連れていくとか、授業参観に出たいとか、そういう場面がどうしても出てくる。そんなとき、うちの会社では自然に“仕事はやっておくから行ってきなさい”と声をかけ合う。子育て経験者が多いから、気持ちがわかるのでしょうね」
驚くことに、リバー・ゼメックスは全員が正社員である。といっても、最近話題の「パートの正社員化」ではない。最初から正規雇用として採用するのだ。月収は平均22万円。管理職の多くを女性が務めているのも特徴だ。シングルマザーである社員の勤続年数は、平均8年だという。
「29年働く管理職の女性──この方もシングルマザーでしたが、そのお子さんが今年、うちの関連会社に就職しました。“母親を超えたい”と言っていましたね。私も、小さいころから知っているお子さんです」
仕事と子育ての両立は、多くの女性たちに共通する切実な悩みだ。すべてをひとりで切り盛りしなければならないシングルマザーには、より大きな負担がのしかかる。そんななかで子育てを頑張る姿は、周囲に必ず伝わる。それはシングルマザーにとって強みでもある、と西村さん。
「従業員には“周りに認めてもらえるものを何かひとつでいいから持つように”と伝えています。仕事でもいいし、歌でもファッションでもいい。美しい字が書けることでもいい。もちろん、子どもを育て上げるプロでもいい。そういう強みを誰もが持っています。それを生かすような居場所づくりができればいい」
女性の働きにくさのしわよせが集中
「リバー・ゼメックスのような会社が増えていくことは大歓迎です。でも、実際にシングルマザーが多いのは、働く時間を比較的に自分で調整しやすい仕事。例えば、スーパーや工場などのパート型雇用。不安定で賃金も安い。私たちの団体にはおよそ1000人の会員がいますが、そのほとんどが、就労についてなんらかの悩みを抱えています。子どもの教育費のために正規雇用を求める人も多いのですが、それが叶いません」
そう話すのは、ひとり親家庭の支援を行うNPO法人『しんぐるまざあず・ふぉーらむ』の赤石千衣子さんだ。
’11年度全国母子世帯調査によれば、シングルマザーの就業率は8割と高いにもかかわらず、正規雇用は約4割にとどまる。一方でパート・アルバイトや派遣社員などの非正規雇用は5割超。低賃金にあえぎつつ、不安定な働き方にさらされているのが実態だ。
もっともシングルマザーに限らず、働く女性の非正規雇用率は6割と高い。これは女性の賃金そのものが低いことを表している。
「そもそもの根っこの問題はシングルマザーだけではなく、女性全体の働きにくさにあります。ひと口にシングルマザーといっても、状況はさまざまであるためひと括りにはできませんが、シングルマザーが、子どものいる女性の働きにくさのしわよせを最も受けているというのは確かです」
内閣府の調査では、女性の結婚出産後の継続就業率が53%と、約半数が結婚や出産で退職している。
「その後、子育てが落ち着いて再就職する際には、シングルマザーではなくてもパートなどの非正規就労になるケースが多い。子育てと仕事の両立が困難な状況は、日本が何十年も維持してきた社会問題です」
男性が正社員として働き、長時間労働が可能となる状況を作るために、女性は家事を担い、働くにしても、家計補助的な働き方しかできない。
「男性は“大黒柱”だからという理由で営業職の賃金は高く、女性の営業事務の賃金は安いといったように、労働の価値や密度、大変さとは別の価値観で評価が決まるという根本的な原因がある」
安倍首相は’13年4月に、成長戦略についてのスピーチで「3歳まで抱っこし放題」を提唱。それと並行して「女性の活躍」を成長戦略の柱に据え、「すべての女性が輝く社会」を喧伝している。「3歳まで抱っこし放題」からは、子どもが3歳になるまでは母親が育てるべきだという『3歳児神話』が透けて見え、女性活躍とは矛盾して映る。安倍首相に限らず、「男性が外で稼ぎ、女性は家のこと(家事や子育て、介護)をやる」という“意識の壁”は依然として厚い。
その性別役割分業夫婦の構造を、配偶者控除や国民年金第3号被保険者制度などが維持・強化し、女性の就労の抑制と非正規雇用化・低賃金化をもたらしてきた。その社会構造は、ひとりで生計を立てるシングル女性やシングルマザーにさらなる過酷さを生み出している。手当を拡充するなど改善すべきことは多い。
特別なキャリアを持つ女性だけでなく、シングルマザーをはじめとした「女性の誰もが輝く社会」を実現するには、何が必要か?
「何より女性が、仕事と子育ての両立できるしくみを作ること。そして、結婚や出産で離職しなくてもいい、継続就労率の高い社会になることが必要です。また、同一価値労働同一賃金などで待遇を改善することにより、女性やシングルマザーの貧困問題も改善できます。ただ、働き方改革はそこまで及んでいません」
女性活躍推進の行動計画を企業に義務づける法律も国会で可決されているが、企業の作る計画のよしあしが問われることもなく、達成できるかどうかも企業まかせ。単なるスローガンで終わることを危惧する声もある。男性も含めた日本全体の働く環境やライフワークバランスが問われている中で、「女性の働きやすさ」「シングルマザーの働きやすさ」を実現するには、抜本的な制度改革、意識改革の両方が必要だろう。
取材・文/吉田千亜
フリーライター、編集者。福島第一原発事故による放射能汚染と向き合う母親たちや、原発被害者を精力的に取材している。近著に『ルポ 母子避難』(岩波書店)