「とりあえずビール!」という言葉は、もう古いですか? 私が初めて日本人がビール好きだと知ったのは、日本のドラマ「木更津キャッツアイ」でした。
ギリシャ人の私は、日本のドラマ・映画オタクです。『木更津キャッツアイ』はジャニーズ好きがきっかけでハマりました。初回のシーンで、野球チームのメンバーが「ビール、ビール」と声を合わせながら、町中をランニングしているシーンが強烈に印象に残っています。
目的地のバーに到着するなりみんなが声をそろえて「ビール!」と注文し、美味しそうに飲んでいましたよね。このドラマを見て「日本人は本当にビールが好きなんだな」と驚きました。
日本人は「お酒をたくさん飲む人たち」
最近は、初めからビールを注文する若者が減って、自分の好きなものを注文すると聞きます。みんなで同じものを注文して早く会を始める。そんな協調性を大切にするのが日本人だと思いますが、少しずつヨーロッパやほかの国の影響が入ってきているのかもしれませんね。
ヨーロッパでお酒といえばワインやウイスキーが一般的だと思います。ギリシャでは「ウゾ」と呼ばれる少し甘いアニスの香りがするお酒や、「チプロ」というブドウの種から作るお酒もよく飲まれます。両方ともアルコール度数が40%くらいのものも多いので、すぐに酔っ払うことができます。安上がりでいいですね!
ビールが好きなギリシャ人もいますが、私はあまり好きではありませんでした。でも日本のドラマや映画を見たり、日本人と交流するようになってから、おいしいと思うようになりました。日本の方は、本当にビールが好きですね。最近では、ギリシャで飲んでいても「とりあえずビール」と言うことも多くなりました。
実は、ヨーロッパの国々では、日本人は「お酒をたくさん飲む人たち」というイメージを持つ人がけっこういます。私はこれを疑っていました。日本人は静かで、ずっと働いていると思っていたので、外でお酒を飲む印象があまりなかったからです。
しかし、私の予想は間違っていました。日本の男性と結婚し、いろいろな日本人と接してきましたが、実際の日本人は、人と会う機会があれば必ずと言っていいほどお酒を飲みますし、年末年始の忘年会や新年会では、毎日のようにお酒を飲むことがわかったのです。
日本のドラマや映画を見ていても、たくさんのお酒を飲むシーンが登場します。お酒のシーンから、日本人のちょっと不思議な国民性が見えてきます。外国人から見ると驚きの特徴を3つに分けて私なりに紹介してみたいと思います。
まず、特徴その1は、何に対しても一所懸命すぎることです。日本人は、働くのも、食べるのも、スポーツをするのも一所懸命、そしてお酒を飲むのも一所懸命。ギリシャ人の私からすると遊んでいるときでさえ一所懸命に映ります。でも、外国人から見ると、一所懸命何かに懸けている分、ストレスも大きいのではないかと思ってしまいます。だからお酒もたくさん飲むのかもしれませんね。
仕事のために酔っ払うなんて!
一所懸命に飲むといえば、フジテレビの「HOPE~期待ゼロの新入社員」というドラマを思い出します(原作は韓国のドラマですが)。このドラマで衝撃的だったのは、遠藤憲一氏扮する織田課長が自分の企画をほかの部署に横取りされて、やけ酒で泥酔するシーンです。酔いつぶれた課長を見た部下の安芸さん(山内圭哉)は、カバンをなくさないように課長のベルトにくくり付けます。
フラフラになりながら家に着いた課長ですが、深夜だったため奥さんにも怒られてしまいます。そして悔しさをぐっとこらえる。なんとも日本人らしいシーンですよね。気持ちは理解できなくもないですが、ここまで仕事のために酔っ払うのは、なかなかギリシャで見ることはできません。
これがもしギリシャのドラマだったら、何か楽しいことをして忘れるというのが定番かもしれません。たとえば、クラブに行ってとにかく踊りまくるとか。もしくは、誰もいないところに行って泣くこともけっこう一般的かもしれません。
ギリシャ人は他人に弱みを見せることを嫌うので、「人気(ひとけ)のないところ」というのがミソです。あとはちょっとコメディチックな番組であれば、教会に行って祈るというパターンもありうるかもしれません。
2つ目の特徴は、「差しつ差されつ」という不思議な文化です。これは、日本人と飲んでいて学んだ言葉でもあります。
ギリシャでは、日本でいう「手酌」のように、自分の注文した分だけ飲むのが一般的なので、互いにお酌し合うようなことはありません。とても面白い習慣だとは思いますが、自分のペースで飲むことができないので、ちょっと大変ですね。
特に年上の方と飲むときは、「差しつ差されつ」のお祭りみたいです。お酒を勧められればもちろん断ることはできないですし、またグラスに残っているものも飲み干さなければなりません。
これまでの人生の中でいちばん飲んだのも日本でした。知り合いの剣道の先生と一緒に飲んでいたとき、この「差しつ差されつ」という言葉を覚えたのですが、とてもお酒が強い方で、いつまでたっても終わりませんでした。
最後はお店の日本酒がなくなってしまって、その会は終わりました。あまりにたくさん飲んだので、どうやって帰ったのか覚えていないほどでしたが、「差しつ差されつ」という言葉はしっかり覚えていました。
ここで思い出すのがテレビ東京のドラマ「釣りバカ日誌」です。このドラマには日本のサラリーマンの飲み会シーンがたくさん登場します。
飲酒シーンで垣間見た「本音と建前」
中でも覚えているのが、釣りの後に、社長のスーさん(西田敏行)と、係長の朝本さん(武田鉄矢)が居酒屋でお酒を飲むシーンです。2人とも表面上では静かにお酒を差しつ差されつしていましたが、内心はお互いのことを快く思っていなくて、かなり険悪なムード。
そのうち彼らの分身(生き霊)が出てきてけんかをし始めて、ついには最後にスーさんが爆発してしまいます。日本人の「本音と建前」が見られる名シーンです。でもお酒が入らないと、なかなか本音を言えない雰囲気が日本にはありますよね。外国人から見たら本当に大変だなと思います。
そして、3つ目の特徴は「締めのラーメン」文化です。
多くの日本人はお酒を飲んだ後、ラーメンを食べにいきますよね? これは外国人から見ると不思議な習慣です。私の夫がこのタイプの日本人なので、私も飲み会のあとにインスタントラーメンを作らされることがあります。ギリシャではインスタントラーメンがけっこう高いので少し困ります。
なぜ、日本人はここまでラーメンに愛着を持つのか。その答えを、以前、アテネで開かれた日本映画祭で『ラーメン侍』に見た気がしました。映画の冒頭で、スープを煮すぎてしまった従業員に対して、店主が鉄拳制裁を加えるシーンがありますが、店主のラーメン作りに対する意気込みが伝わってきます。
その後、この殴られた従業員の青年は店を辞めてしまうのですが、結局最後には思い直してお店に戻ってきます。
青年曰(いわ)く、「この店ほどラーメンのことを考えている店はない」とのこと。このあたりも日本人らしさが出ていると思います。ギリシャ人であれば、けんかして辞めた店に戻るなんてことはそうそうありません。自分の非を認め、また教えを乞う。なんとも美しい姿に思えました。
その後、友人と福岡で、博多ラーメンと久留米ラーメンを食べる機会がありましたが、とてもおいしく、飲んだ後のラーメンの魅力が少しだけわかった気がしました(ちなみに、ギリシャでは、飲んだ後は、サンドイッチや甘くないクレープ、パチャスと呼ばれるスープで締めます)。
最近はたくさんお酒を飲んだときに、日本のみそ汁を飲むことがありますが、翌朝だいぶ違います。
電車の中で寝ちゃうなんて!
余談ですが、以前、初めて日本を訪れたギリシャ人と一緒に、東京の地下鉄に乗ったことがあります。彼が驚いたのは、電車で酔って寝ている人を見かけたことです。アテネでメトロというと、治安的に少し危ないイメージがあります。でも、日本の電車では寝ている人がいる。そのくらい安全だということにまず驚いていました。
もう一つ驚いていたのは、酔っ払って寝ている人でも、降りる駅に着いたら、アナウンスとともにちゃんと起きることでした。これは驚きと面白さと両方でした。もちろん寝たまま終点まで行ってしまう人もいるのでしょうが、これを目の当たりにしたときは、驚き、そして笑ってしまいました。
口を大きく開け、座席の端にある手すりにもたれかかっていて、いかにも「酔っ払っている」というふうに見えても、自分をコントロールしている人もいるんだなあと感心しました。
最近はヨーロッパにも日本酒が広まり、人気が出てきているようです。日本酒ソムリエという資格もあると聞いてちょっと興味をそそられます。ギリシャでは比較的裕福な人たちの間で日本食や日本酒が注目されていますが、今後、少しずつギリシャでも知られる機会が増えるかもしれません。
アナスタシア・新井・カチャントニ◎通訳、翻訳家、ライター ギリシャ生まれ。ギリシャの大学の専攻は物理だったが日本に興味を持ち、現在は通訳、翻訳家、コーディネーター、ライターとして活動。日本のポップカルチャーから伝統文化、料理まで、幅広い分野を研究。また、ギリシャで剣道を教える日本人の夫を手伝う傍ら、自らもギリシャ人に日本語を教え、日本の文化を伝えるべく奮闘中。現在はアテネ近郊に在住。ブログはこちら