50代まで働かずに実家で暮らす兄、離婚後より親のすねをかじる生活から抜け出せない40代の妹、独身・非正規・低収入で細々とひとり暮らしを続ける弟─。もし将来、彼らの生活が困窮したら、介護が必要になったら、その世話役はきょうだいが担うしかないのだろうか。いわゆる、「きょうだいリスク」に直面した人々の苦悩を取材した。まずは2つのケースを紹介しよう。
●ケース1
大手食品会社に勤務する横川剛さん(仮名・56)は、妻と娘の3人暮らし。都内にマイホームを購入し、ローンの残りもあとわずか。そんなとき、とんでもない事態が舞い込む。それは父親からの1本の電話だった。
「もう1人じゃ見きれん。福岡に帰ってきてほしい」
横川さんの実家は福岡。数年前に母が他界。84歳になる父と、非婚で無職の兄(57)が同居している。
「兄貴は40代で会社が倒産して失業しました。1度は工場に再就職したのですが、長く続かない。何度か見合いしてもうまくいかず、それ以降、ひきこもり、酒やゲームに没頭する生活になってしまったのです」
ときどき剛さんは実家に電話して兄に働くよう促すのだが、「放っておいてくれ」の一点張り。両親にも「あまり言わないで」と懇願され、口を出さなくなっていた。
父と兄が同居して間もなく、突然、兄は脳梗塞で倒れた。リハビリを重ね、ようやく歩いたり、会話したりできるようになったが、いまだに施設生活である。高齢の父が着替えを持っていき、懸命に兄の世話をしていたが、限界が訪れたのだ。
父の懇願に、剛さんは福岡行きを本気で考え、妻にも伝えたが、ことは簡単ではない。
「子どものころから、“たった2人の兄弟なんだから”と親に言われて育ちましたからね。俺と兄貴は特別仲がいいわけでもない。本音を言えば、親父はともかく、なんで兄貴の世話までって思います。だけど、血のつながった兄弟だから、俺がやるしかない。でも、たぶん兄貴ではなく、親父のためですね」
●ケース2
名古屋市内に住む吉村早苗さん(仮名・52)は、妹に問題を抱えている。早苗さんは2人姉妹の長女で結婚して実家を出ている。父は13年前に他界し、実家には、現在、83歳の母と45歳の妹が同居している。
母と同居する妹は、販売員として働いたのだが長く続かず、ひきこもるようになって約10年。
「妹は、性格がネガティブで協調性に欠けるんです。そのうえ仕事もしていないのに、母親のカードでバンバン買い物をするので家中はモノだらけ。近所からはゴミ屋敷と呼ばれています。私が意見してもまったく聞く耳を持たず、母が間に入って彼女をかばうんです」
会社を経営していた父親の資産は母がすべて相続したため、生活自体は困っていない。
「なんとか道筋をつけたいところなんですが、妹が頑なで接触できない。母が病気になったりしたらどうなるのか。ましてや相続となったら……。遠巻きに実家を見ている、そんな状態なんです」
正月くらいは母と実家で過ごしたいと思っても、妹が嫌がるので帰れない、と早苗さんは嘆く。
社会構造の変化とリンクする問題
『きょうだいリスク』(朝日新書)の著者で、ノンフィクションライターの古川雅子さんは同テーマに注目したきっかけをこう話す。
「きょうだいについてのアンケートを行ったら、思った以上に関心が高く、また不安も感じている現実があるのだと知り、取材を始めました」
そこで古川さんは、さまざまなきょうだいのあり方が存在することを知る。彼女が出会ったのはこんなケースである。
●ケース3
埼玉県に住む西山さん(仮名・50)は、3人きょうだい全員が独身。4歳年下の弟とは別々にひとり暮らし。障がいを持つ姉(52)は、東北地方の実家で母と暮らしている。父はすでに他界。
弟とは、普段はほとんど接触はないが、非正規で週3日働く弟に、「光熱費」として月1万円を送り続け、ボーナス時期にはさらに上乗せした金額を送金。弟の国民年金は母が肩代わりし管理しているアパートの家賃収入の半分は弟に仕送りをしていた。弟は資格を取ると言って久しいのだが、本格的に勉強している様子もない。
そんな中、メーカー勤めの西山さんは、会社の業績が下向きになり、正社員から契約社員となっていた。さらに近ごろフリーランスの状態になってしまった。
「もう、僕は弟への送金をやめる決断をしたんです」と西山さんは古川さんに伝えたという。
●ケース4
都内在住の大西さん(44)は子どもを育てながらフルタイムで働く母親。実家は埼玉県にあり、両親が暮らしている。40代になる妹は実家のそばでひとり暮らし。彼女は、美大出身で、絵の創作活動をしていたのだが、それでは食べていけずにアルバイト生活に入ってもう長い。親の援助もあって、なんとか暮らしている妹だが、このまま独身でいるとどうなるのか心配だと言う。
大西さんは、自分名義でマンションも購入。現在は、子育てをしながら仕事をこなす。家のローンの返済もあり生活は楽ではない。
「独身のころは、妹の面倒くらいと思っていたのに、家庭を持って子どもが生まれると、もういっぱいいっぱい。とても妹の面倒なんてみれないと思っています」
古川さんは、これらのケースを日本人的な現象でもある、と指摘する。
「家長制度の名残で、長男は下の兄弟を支えなければと無意識で考え、苦しみます。また、長男的な長女も同じような苦しみを抱えるのです。これら2つのケースはそれを物語っています。子育てをしながら、親の介護もするダブル・ケアが問題視されていますが、そこにきょうだいのケアが入ってくるトリプル・ケアの可能性もある。それはいくらなんでも1人で抱え込むには厳しすぎます」
もうひとつの難しい課題が、高齢ニートや、高齢化したひきこもりである。
「ひところ親に寄生する『パラサイト』という言葉が流行りましたが、そうした人がそのまま高齢化したケース。また、ひきこもりというわけでもなかった普通の人が、不況の影響で失職したことをきっかけに危うい状況に陥るケースも出てきたんです」(古川さん)
それでも「親」という「防波堤」があるうちはいい。それが、ある日なくなったときにどうするか。
日本での非正規雇用者の割合は30年間で3倍。また「ニート」の数は2012年で61万7300人(就業構造基本調査)だ。さらに、「生涯未婚率」の上昇も問題に拍車をかけている。
「『きょうだいリスク』の問題は、こうした社会構造の変化とリンクしています。だからそこを議論していかないと解決には至らないのです」(古川さん)
きょうだいが世話しないのは非情か
『不登校・ひきこもりサポート相談室 訪問サポートのトカネット』代表で、19年以上、ひきこもりの社会参加を支援してきた藤原宏美さんも、近年、40代の人たちの相談を受けることが増えたと話す。
「ある40代の男性は、30代からひきこもるようになりました。現在、親に生前贈与で、アパートかマンションを確保してほしいと頼んでいると言います。理由を聞くと、弟さんがいて、その甥や姪が中学生になったとき“なんでおじさんは働かないの?”と聞かれたからだと。それで弟家族から遠い場所に住みたいと思うようになったそうです」
いったいきょうだいはどこまで支援するべきなのか。
「親御さんには、生前にとりあえず国民年金だけは代わりに払っておいてと伝えています。私は、きょうだいに負担を課すのは間違いだと思うんです。面倒をみられないからといって非情ではない。
これまでは親亡き後、きょうだいがみるか、生活保護のどちらかでした。でも、そのどちらでもない、第3の“ひきこもり当事者のコミュニティー”が生まれ始めています。例えば、持ち家を継いだひきこもりの人が、そこを仲間と一緒にシェアして、同居しようという話をする。互いに助け合いながら、なれ合いではなく、ゆるいつながりのなかで自立して暮らす“居場所”ができつつあるんです」