毎年数多く発生する自然災害を民話やことわざ、教訓などという形で語り継いできた「災害伝承」。これらの話は全国に数えきれないほど残されており、中には妖怪たちが警告している話もある。災害と昔ばなし、妖怪との関係について専門家に話を聞くと──。
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「畑のほら穴には昔から“ムジナ(タヌキのような妖怪)”がすんでいるから、むやみに近寄ってはいけないよ」
かつては、お年寄りがこんな話をよく聞かせてくれた。
ほら穴の中に妖怪はいなかったが、近くには雨が降ると崩れやすい崖があった。大人はそこに子どもたちを近寄らせないよう、危険な場所に「妖怪がいる」と言い怖がらせ、災難を未然に防いだのだ。
わが国では地震、津波、洪水など毎年のように多くの災害が発生、被害に見舞われている。過去の被災経験を民話やことわざ、教訓などで残したものを「災害伝承」といい地域や家庭で伝えられてきた。
「被害を数字や客観的な事実だけでなく、恐ろしさや悲しみなどの感情、教訓、メッセージを込め、民話や昔ばなしという形で伝えたほうが後世に残しやすいと考えたのでは」と説明するのは作家で民俗学者の畑中章宏氏。
水害多発地域に残るかっぱ伝説
さらに注目したいのは、被災地域に伝わる伝承の中には怪異現象や妖怪にまつわる話も多い点だ。
「災害後、生き残ったことへの安堵感と同時に後ろめたさも持っていたと考えられます。その言葉では表しきれない独特の感情を昇華させ、体験を語るためにも、妖怪の存在は都合がよかったんでしょう」と推測する。
その代表が『かっぱ』だ。
東北から九州まで幅広く分布、各地の川や水辺に生息していたと言われている。
埼玉県志木市も、かっぱの物語が伝わる地域のひとつ。
昔、近くの川にかっぱがすんでおり、人や馬を水中に引っ張り込むなど悪さを働いていた。ある日、かっぱが村人に捕まり、焼き殺されそうになっていたのを地元の和尚が助けると、それ以来、悪さをすることはなくなった。
本当にかっぱはいたのだろうか? 街の人たちに尋ねると「伝説だから」と苦笑い。
しかし実は、かっぱと災害との関係は深い。
「かっぱの言い伝えが残る地域の川は過去に氾濫した記録があります。かっぱは氾濫を鎮め、水を治める神として祀られてきました」(畑中氏)
そして、かっぱの正体は「実は水害や水の事故の水死体ではないか」とも言われている。
「死者の姿を畏れ、かっぱという架空の生物に重ねたのではないでしょうか」(畑中氏)
志木市でも市内を流れる柳瀬川、荒川などが大雨のたびに氾濫。同市宗岡地区は荒川沿いにあり、明治時代の大雨では一帯が水没、8メートル超の高さの水がきた。周辺はたびたび水害に悩まされてきた。
大雨の夜、裏山から聞こえる不気味な声
かっぱ以外にも水害にまつわる民話は多い。東海地方の木曽川沿いには「ヤロカ水」という話が伝えられている。
昔、大雨の夜、ある村に“ヤロカヤロカ(欲しいか欲しいか)”という不気味な声が聞こえた。それに対して村人が“ヨコサバヨコセ(もらえるならよこせ)”と答えたところ、押し寄せる水にのまれてしまった。
木曽川周辺も大雨や台風が起きると洪水や土石流、鉄砲水が発生していた。地域にはヤロカ水のほか、橋や堤防を作る際に選ばれた人柱の人魂が大雨のたびに「雨に注意」と呼びかけて飛び回っていたという怪談も伝えられている。
ヤロカ水の話が残り、水害除去などの祈祷をする愛知県一宮市の堤治神社の宮司、五十嵐二郎さんにヤロカ水は妖怪なのか尋ねたところ、
「妖怪ではありません」
ときっぱり。声の正体は、
「ヤロカヤロカという不可解な声は濁流に石がのみ込まれたり、土地が侵食されたりするときの音の可能性があります。この音が聞こえたら早く逃げるようにと、その知恵としてこの話が生み出され、伝えられたのでしょう」
水害多発地域の民話や妖怪は被害を食い止めるため、早めの避難を平成の世まで訴えているのではないだろうか。
津波の襲来を知らせた人魚
さらに身近な生物が災害を伝えた伝承も残る。沖縄県各地に伝わる人魚だ。
琉球王朝の時代、石垣島の漁師の網に人魚がかかった。人魚は漁師に“逃がしてくれたら大切なことを教えてあげます”と告げた。漁師が逃がすと“津波がくるから避難してください”と言ってきたというのだ。漁師たちは急いで村に戻り、逃げると巨大な津波が村をのみ込んでしまった。
人魚の正体はジュゴンと言われており、人魚と津波とが関係する民話は沖縄県宮古島、石垣島などの島しょ地域中心に各地に残っている。
NPO法人沖縄伝承話資料センターの大田利津子さんはこんな仮説を立てた。
「ジュゴンは八重山、宮古地方の人たちにとって貴重で身近な生き物でした。人語を話すわけではなく、ジュゴンから人魚という生物を空想、津波を民話という形で語り継げば被害や教訓を忘れないと考えたのではないでしょうか」
ただし、災害伝承や妖怪の言い伝えは「科学的な根拠を証明できない」ため、長く地域の中で埋もれてきた。
災害伝承の課題とは?
2004年、消防庁が災害伝承に注目、全国に伝わる災害伝承を集め整理、伝えるプロジェクトに乗り出した。現在、同庁のホームページには全国各地の災害に関する言い伝え、教訓など800件以上が集約されている。「地震が起きたら竹やぶに逃げろ」、各自一刻も早く津波から逃げる「津波てんでんこ」など、先人の教えを誰でも閲覧できる。
ただ、伝承を用いた災害の継承方法について課題も残る。
「東日本大震災の被災地でも過去の津波被害を伝える石碑や伝承が数多く残されていましたが、形になっていても日常的に目にしていると、その存在を忘れてしまうんです」
と畑中氏は指摘しつつ、
「近年の災害をどのように伝えるか具体的な名案は見つかっていません。しかし、過去を見直し、新しい伝承の形を考える機会だと思うんですよ」
奇怪な話はいつの時代でも人々の好奇心をくすぐる。
「昔ばなしや妖怪の話を面白がるだけではなく、なぜその土地にその話が伝わっているのか、その背景も見てほしい。災害と結びつくものが見つかるはずです」(畑中氏)
民話に登場する人々や妖怪は時代を超え「地域の災害危険度」を語り続けている。