「送料無料」を掲げるネット書店の隆盛で、書店数の減少が叫ばれる昨今。書店ゼロの自治体が2割を超えるなか、「地域の人々のために」をテーマに、独自の取り組みで奮闘する“街の本屋さん”がある。

書店のない地域に本を届ける「走る本屋さん」

本を載せたワゴン車で道内を駆け巡る

 秋晴れがさわやかな日曜の朝、北海道・鹿部町の道の駅に、ポップなイラストがプリントされたワゴン車が到着した。運転手が車から取り出したのは大きな本の山。道内を回っている『走る本屋さん』が観光商工会主催の道の駅のイベントに合わせ新刊絵本約300冊、中古の新書や文庫本約800冊、計1100冊を販売するのだ。

 運営しているのは、『一般社団法人北海道ブックシェアリング』。読書環境の改善を目指して読み終えた本を収集、本の不足で困っている教育機関に無償で届けたり、読書会などの図書イベントの開催をしたりしている団体だ。代表の荒井宏明さんに活動のきっかけを聞いてみた。

「調べ学習などで図書館に求められている機能が多様化しているにもかかわらず北海道は、小学校の学校図書室の図書整備率が全国ワーストワン。書店のない自治体も多く、読みたくても読めないという環境です。そんな中で、書店ゼロ地域に本を届ける目的と、道内の方々の読書に関するリアルなニーズを探るため、2015年から実験的に『走る本屋』の事業を始めました」

 出版取次会社『トーハン』が2017年7月に発表した調査によると、道内188市区町村のうち約3割にあたる58の地域に書店がない。総務省統計局の2017年度調査では、北海道の公立図書館の設置率は全国平均75%を大きく下回る55・9%で、都道府県別でワースト4位。町村の面積を勘案するとワーストレベルだ。

 この日、晴真くん(3)のセレクトで絵本を購入していった鹿部町在住の山之内あゆみさんは、普段は函館市の書店まで、車で1時間かけ出かけていると話す。

子どもがその場で興味をひくものを買ってあげたいので、絵本はネットではなく書店で選びたいですね。市民会館の図書館もあるのですが、タイトル数が限られています。冬は雪で遠出するのもひと苦労なので、近所に書店があれば……」

 荒井代表とともに働くスタッフの竹次奈映さんによると、実際に手に触れて本を選んだり書店員との会話を求める需要も多いという。

「“孫に絵本をプレゼントしたいのだけど、どんなものがいいか”という相談は多いですね。顔見知りのお客さんで読書傾向を把握していれば、オススメの本を紹介することもできる。

 ネット書店との違いは、意外な本との出会いがあることだと思うので、リアル店舗や図書館の役割は大きい。何よりも、おもしろい本の話を人と共有するのってすごく楽しいですよね。今後も本と人をつないでいく役割を担っていけたら」

 多くの小学生や中学生が近所に書店がないことに不満を感じているそうだ。

「“ヤングアダルト小説をたくさん読みたいのに本がない!”“流行りの新刊本がない”との声が多い。本との出会いがその後の人生に大きな意義をもたらすことの多い時期に、本を満足に読めないのは問題です」

本への思いを聞かせてくれた荒井代表と、活動にひかれ大学新卒で入社した竹次さん

 荒井代表と竹次さんが『走る本屋さん』として2年間で回ったのは、オホーツク海から内陸に約25キロの西興部村、旭川から車で約50分の妹背牛町、札幌から車で1時間の喜茂別町など道内7か所で、計40回。

 ちなみに、鹿部町でのイベントでの売り上げは、新刊本、古書含め1万4090円。ガソリン代や人件費を考えると利益は出ないが、「多くの人との交流が生まれた」と2人はにっこり。

「書店ゼロ地域の人々の悲痛な叫びを行政や教育関係者に伝え、課題意識を共有し、自治体レベルで読書環境の改善に取り組んでいきたいですね」(荒井さん)

本に親しむ機会を演出する公営書店「八戸ブックセンター」

『八戸ブックセンター』

 青森県八戸市に2016年12月にオープンした『八戸ブックセンター』(以下、センター)は、八戸市の直営書店として全国的に注目されている。基本的に民間事業である書店を行政が運営するケースは、これまでなかったからだ。

 センターは小林眞市長が公約として掲げた“本のまち八戸”への取り組みのひとつ。「本を読む人を増やす」「本を書く人を増やす」「本でまちを盛り上げる」の3つが基本方針だ。

 場所は、JR八戸線・本八戸駅から徒歩10分ほどの町なかにある。センターの正面には、観光資源や地域文化の拠点となる『八戸ポータルミュージアムはっち』が。街の憩いの場となるもうひとつの施設も2018年には完成予定で、3者がつながることで中心市街地の活性化が期待される。

 本に模した“八”のマークを目印に中に入る。空間や棚のディレクションは、東京・下北沢の書店『B&B』の代表も務めるブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんによるもの。本をゆったりと選び過ごせるデザインになっている。

 棚に並ぶ新刊は約8000冊。基本となる4つの棚には、人文や芸術などの本が並ぶ。一般の書店ではあまり並ぶことのない堅めの本と、入門的な本をバランスよく置いている。ほかの書店で買える雑誌やコミックは基本的に置かない。

 別の棚には、八戸の歴史や文学に関する本が並び、八戸の人が選ぶ「ひと棚」コーナーも。地元出身の作家・三浦哲郎の文机の前で本を読むこともできる。刺しゅう装丁のオリジナルカバーをつけた代表作『野』(講談社文芸文庫)は100冊以上売れているという。

「本の並べ方が新鮮でおもしろいという反応が多く、来館者も売り上げも増えています」と、所長の音喜多信嗣さんは言う。

 中央のカウンターでは本の販売のほか、コーヒーやビールなどの飲み物も注文できる。ここで働くのは、八戸市の書店組合の人たちだ。館内にはイスや、ハンモック席や、ひとりの世界に浸れる「本の塔」などがあり、自由に本を読むことができる。また、読書会ルームでは著者のトークイベントや、読書会なども。

「月末の金曜には本について語る交流会『ブック・ドリンクス』も開催しています」(音喜多さん)

 読書会を開きたいという地元の団体にも貸し出している。もうひとつの貸し出しエリアが、“カンヅメブース”だ。作家の書斎のようなスペースで、市民作家として登録すれば自由に使うことができる。現在の登録者は120人ほど。ここにこもって、原稿を書くプロのライターもいるそうだ。

カンヅメブースは机・イス・Wi-Fiが完備。集中して書けそうだ

 ギャラリーも併設されており、2か月に1度のペースで展示を行う。取材時には、青森出身の寺山修司の展示が開催中だった。

この場所では売り上げ以上に、本に触れてもらう機会を増やすことを重視しています。今後は、地元の書店や図書館の協力を得ながら、ここでしかできない試みをやっていきたいです」と音喜多さんは語る。

 2017年9月24日には『はっちの一箱古本市』が開催。東北各地や東京から約20箱の素人店主さんが参加し、古本を売りながらの交流を楽しむ様子も。そのゲストとして参加した本や本屋を楽しむ活動を行う『いか文庫』のトークイベントも、センターで開かれていた。

 既存の施設と連携し、本に関する企画を行っていくことで、市民が本に親しむ場所になっていくこと。それが、市営の書店である八戸ブックセンターに求められていることなのだ。

◎青森県八戸市大字六日町16-2 Garden Terrace1F 営業時間/11:00~20:00 定休日/火(祝日の場合はその翌日休)