そうやって介護をして「ありがとう」と感謝されればまだ頑張れます。しかし、ありがとうの一言が出てこない。それは、老人が「介護を受けることが当たり前だと思っている」あるいは「性格が悪くなっているから」。そう思ってしまうのではないでしょうか。
「でもそれは、正解といえないことも多い」と言うのは、『老人の取扱説明書』の著者であり、シニア世代の新しい生き方を提唱する「新老人の会」会員でもある医師・平松類氏。いったいどういうことか。老人の困った行動の原因と対策を解説していただきます。
高齢者は、高音よりも低音のほうがよく聞こえる
高齢者というとよく話に出るのが、「本人に都合の悪いことは、まったく聞こえない」「優しく話しかけても無視をされる」、けれども「悪口を話しているときは、なぜかしっかりと聞かれている」。
「地獄耳」なのではないか?とも思われますが、実はこれ、老化による聴覚の特徴的な変化が原因なのです。
老化によって聴覚が衰えるということは知られていますが、均一に衰えるわけではないのです。若い頃であれば、音が高いか低いかによって聞こえ方に大きな違いはありあせん。
しかし、高齢になると高い音のほうが著しく聞こえにくくなってくるのです。低音(500Hz)に比べると高音(2000Hz)で伝えるには1.5倍の音量を必要とするという研究データもあるくらいです。
悪口や愚痴はたいてい、トーンを落として話しますよね。すると声が低くなりますから、高齢者に聞かれやすくなってしまうのです。逆に何かを熱心に伝えたいときこそ、感情が高ぶったりして声が高くなりがちですから、伝わらないことが増えるのです。
ただ、この「高音よりも低音が聞こえやすい」という特徴を上手に利用することもできます。介護などでどうしても伝えたいことこそ、落ち着いて低めの声で話しかけてください。
一方で、介護をしているとどうしてもイライラして、悪口も言いたくなります。そんなときは、「どうせ聞こえていない」と高をくくらず、本人の近くでは話さないようにしましょう。
これらに気をつけると、高齢者に何かを伝えるのはだいぶラクになるはずです。
それから高齢になると無口になりやすく無愛想で堅物。そう思われがちですが、実は理由があります。高齢になると声を出す声帯と声を出すための筋肉が衰えるため、どうしても無口になりやすいのです。
声の衰えは特に、男性に起こりやすい現象です。加齢に伴い、声帯の萎縮が男性の67%、女性の26%に起こるといわれています。定年までは仕事場で毎日会話をし声を出していたかもしれませんが、定年後、急に話す相手は妻だけになる人が多くいます。
すると声を出す機会が激減します。そうすると「廃用性萎縮」といって使わない筋肉が衰えていき、会話するのが億劫になります。夫婦間で距離ができてしまい、熟年離婚の原因につながるケースすらあります。
このような状態になっていないか、チェックする方法として、「最大発声持続時間」というものがあります。「あー」という声をどのぐらい長く出せるか調べるのですが、平均は20~30秒です。男性ですと15秒、女性ですと10秒以下になったら赤信号です。
無口な老人を見て、社交性がないとか性格が悪いと決めてかかるのは早計です。声に問題があるのかもと、意識的に見ることができれば、対応は大分変わるはずです。
会話を成立させるために“取り繕う”ことも
ただ、スムーズに声が出せたとしても、また別の問題もあります。それが「取り繕い反応」問題。人が言っていることがわからなくても「ああ、あれね」と言ってしまったり、高齢になると覚えていないことが申し訳なくて、知っているふりをしてしまう場合があるのです。
「あれ」「これ」「それ」が増えたときには、この症状を疑ったほうがいいかもしれません。
「お昼はもう食べました?」と聞いて、「最近はすぐお腹がいっぱいになってね」と高齢者が答えたとしましょう。「そうですか、お薬は飲みました?」と聞くと、「あれは大丈夫だよ」と高齢者は答えます。
一見会話は成立しているようですが、実際はお昼を食べたかの記憶があいまいで、薬も飲んだかあんまり覚えていない可能性があります。けれども、会話を成立させるために、高齢者は気を使って当たり障りのない会話をするわけです。
このように取り繕うのは、認知症の前兆でもあることもあるので注意が必要です。そして取り繕いをしていると、介護側との会話を理解していないことがあるので、せっかくの会話も空虚になってしまいます。
ここでしてはいけないのが、詳しく問い詰めること。「あれって何なの?」「ちゃんと答えてよ!」と言ってしまうと、高齢者を追い詰めてしまいます。高齢者は落ち込んだり、怒ってしまったりすることがあるのです。
こういった場合の解決策の1つは、自分が忘れたふりをしたり、「ちゃんと聞いていなくてごめんね」という感じで、もう一度聞いてみること。高齢者が快く答えてくれる場合もあります。
ここまで会話の問題について取り上げてきましたが、身体面についても知っておくといいことがあります。その1つが、遠近両方メガネについて。階段などでの転倒については、遠近両用メガネが“転倒の原因をむしろ作ってしまう”ことがあるのです。
人は年を取ると老眼になってきますが、老眼になると手元から、より離したり、老眼鏡をかけないと見にくいものです。そこで多くの高齢者が遠近両用メガネをかけて生活をしています。
遠近両用メガネをかけて下(手元)を見ると手元が見えやすいという便利なものですが、階段で同じように下(足元)を見ようとするとピントが合わず、正常な距離感で足元が見えにくくなってしまい、階段を踏み外して転んでしまうのです。
階段に行く際には、あごを引いて下を見るようにするか、メガネを遠近両用でないものにするのがよい方法となります。
トイレに連れていくほど、頻尿になってしまう
最後にトイレの問題にも触れておきます。年齢を重ねると、おしっこが頻回になるというのは聞いたことがあるのではないでしょうか。前立腺肥大などもありますが、高齢になると尿を濃縮するホルモンが少なくなるために頻尿になるといわれているのです。
ただし、だからといって就寝中にトイレに行かないで済むように、前もってトイレに行ってもらおうとやたらとトイレを促すと、逆効果になることがあります。
こまめにトイレに行くと、わずかに尿がたまっただけで尿意を感じるようになってしまい、逆にトイレに余計行きやすくなってしまうからです。ですから、膀胱にしっかりと尿がたまってから、トイレに行ってもらうほうがいいのです。
高齢者が夜中に何度も起きると、介護する側も睡眠が取れず大変です。なるべく起きてこないようにするためには、ほかにもできることがあります。
まずは、寝具の素材。レーヨンやポリエステルを避けて、木綿やガーゼなどを使うほうがよいです。というのは、高齢になると皮膚が弱くなるので、寝具がレーヨンなどだとかゆくなったりして、そのかゆみで起きてしまうことがあるからです。
エアコンの使い方も大切です。エアコンは体に悪いと思われがちですし、高齢者はエアコンを嫌います。しかし、しっかりと睡眠を取ってもらうにはエアコンが重宝します。タイマー設定にして自動的にオフになるようにすればエアコンによる影響は軽減されますし、自動的に消えることをきちんと伝えれば、高齢者も話を聞いてくれやすくなります。
日本は世界で最も高齢化している国です。ピンチととらえる人もいるかもしれませんが、高齢者に優しい国となれば、世界中から注目される国になるかもしれません。そうなってほしいと願っています。
平松 類(ひらまつ るい)◎医師/医学博士 愛知県田原市生まれ。昭和大学医学部卒業。現在、昭和大学兼任講師、彩の国東大宮メディカルセンター眼科部長、三友堂病院非常勤医師・眼科専門医・緑内障手術機器トラベクトーム指導医として勤務している。延べ10万人以上の老人と接してきており、老人患者が多い病院の眼科医として勤務してきたことから、老人の症状や悩みに精通している。医療コミュニケーションの研究にも従事し、シニア世代の新しい生き方を提唱する新老人の会の会員でもある。専門知識がなくてもわかる歯切れのよい解説が好評で、連日メディアの出演が絶えない。NHK「あさイチ」、TBSテレビ「ジョブチューン」、フジテレビ「バイキング」、テレビ朝日「林修の今でしょ! 講座」、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」、読売新聞、日本経済新聞、毎日新聞、『週刊文春』『週刊現代』『文藝春秋』『女性セブン』などでコメント・出演・執筆等を行う。