「家庭内別居」の彼を落としたい
今回紹介するのは、職場の上司で8歳年上の戸田豊(仮名/43歳)と不倫関係にある斎藤理沙(仮名/独身・35歳)。2人が付き合い始める前、異業種から転職して右も左もわからない理沙に、手取り足取り丁寧に教えてくれたのが豊であった。老若男女、誰からも好かれる明るくて優しい性格の豊に、理沙が心奪われるのに時間は多くはかからなかった。
理沙の中で、徐々に「何としても彼を落としたい」という感情が芽生えていった。理沙は、ある日、豊を人気のないコンビニの駐車場に誘い出した。そこで、豊の車に突然乗り込むと、自分から手を繋いで、軽くキスをした。
その数日後、理沙は、大胆にも豊を自分の部屋に誘った。
既婚者である豊の家には当然ながら行けないし、いきなりラブホというのも豊が誘いづらいと感じたからだ。理沙は豊を何としても落とすために猛攻勢を掛けるつもりだった。
「LINEで、“休みの日にうちで昼から飲まない?”って自分から言ったんです。いろいろ話したいことがあって、上司としても聞いてほしいことがあるって。仕事の悩みとかも聞いてほしいって。もちろんそれもあったのですが、一番は、やはり落とすため(笑)。
“家に来てもらって全然いいですよー”と提案したら、彼は一瞬たじろいで、さすがに迷いがあったみたいです。そして、“それだと多分、エッチすることになるよ”と、冗談みたいにLINEの返事を返してきた。“(性欲が)我慢できなくなるかもw”って。それに対して私は、“好きだから別にそうなってもいいです”って返したんです」
待ちに待った土曜日、理沙は最寄りの駅まで豊を車で迎えに行った。豊は少し覚悟を決めたような表情を見せたが、すぐにいつもと変わらない笑顔に戻って、颯爽(さっそう)と理沙の車に乗り込んだ。つまり、理沙の自宅に「お持ち帰り」されたのである。
近くのスーパーやコンビニで買ったつまみやお酒を一緒に飲み食いした。2人の酔いが回るにつれ、何ともなしに身体を接近させ、最後には腕と腕が密着した。それから激しいキスをして抱き合った。お互い溜まっていたものを吐き出すような感じだった。豊は43歳とは思えないほど、朝まで何度も理沙の身体を求め、まさに“むさぼり合う”という表現が相応しい情熱的なセックスだった。
「一度してみて、身体の相性はかなりいいと思いましたね。セックス自体はノーマルだったんですが、年齢にしては、彼はかなり元気なほうだと思うんです。そこは外さなかったかな」
見た目と違って、理沙は、肉食系女子。自らのことを性欲が強いという。
「そのときに、男性を落とすのって、意外に簡単だなと思ったんです。でも、裏を返せば自分がホイホイついて行ったと言われるかもしれないんですけど。自分の性欲がすごく強いというのもあると思います。不倫相手の彼にも聞かれるんですよ、“俺との間にセックスがなくなったらどうなる?”と。そうなったら、冗談で“無理かもね”と答えています」
理沙は、毎週金曜、仕事が終わると自宅で豊と共に深夜まで過ごす。
朝まで一緒にいることはできないので、性急にセックスをして帰ることも多い。しかし、月に一度はお泊りする。土曜日の昼に来て、一夜を共にして、日曜日の朝に帰る。豊は、お泊りをしても、普段の夜も仕事に追われていることもあってか、妻に特段不審に思われることはないのだという。あるときは、“大阪の本社に行って友達に会って帰ってくる”と嘘をついたと、豊は笑った。
お泊りの日は、決まって理沙は、かつての飲食業の経験を生かして豊に手料理を振る舞うという。その度に、豊は喜んで食べた。「女房のより美味しいね」などと言いながら。
豊は、たいてい妻に対する不満を口にした。
「奥さんとは、友達同士のような感じで結婚したらしく、今では寝る部屋も別みたいで、典型的なセックスレス。子どもが生まれて以降は、夜の生活は全くないみたいで、今のお子さんが9歳くらいだから9年間(!)。奥さんが露骨にセックスを避けるようになったらしくて、表には出さないけどかなり傷付いているみたいです。ただ、子供は可愛いから、別れることはできないって。それはずっと前から言っていますね。彼がいる部屋にエアコンないらしくて、それを設置する、しないでモメてるぐらいで。これは本当に家庭内別居かなと」
落としたいと思っていたときは、さほど心が揺れなかった理沙――。
子供を愛する豊の気持ちは分かる。だから、彼にバツをつけたくはないし、つけさせるつもりもない。それは再三話し合ってきたつもりだ。しかし今は正直なところ、その抑え込んだはずの恋心が、日に日に膨れ上がって揺れ動いている。
「昔は彼の結婚生活に破局は望んでなかったんですが、今は、奥さんと離婚すればいいのにと内心では思っています。でも、彼にとっては、子供が一番可愛いのはすごくよくわかる。“じゃあ、奥さんが浮気してたらどう思う?”とか、“奥さんから離婚を切り出してこられたらどう思う?”とかよく聞くんですけど、それなら離婚するよと言ってくれる。嘘をつくような人じゃないですし、私は信じたい。だけど、やっぱりもっともっと会いたいと言って、結構困らせたりしちゃうんです。もう少し考えてよと言われるんですけど。
普通の恋人同士だと会えているのに、不倫だと一緒にいる時間も限られるし、はっきり言って不満。普通じゃない関係だから仕方ないんだと思うんですけど、どうしても割り切れない思いがあるんですよね。それが本当につらいんです」
豊の存在は「心のライフライン」
常に誰かとつながっていないと不安になる理沙にとって、性的なものを含めた豊との関係性が1つの「救い」になっていることは間違いないだろう。「心のライフライン」と言ってもいいかもしれない。しかし、依存傾向が暴走して相手の家庭を壊すことになれば、その大事な「救い」「心のライフライン」をも台なしにしてしまうかもしれず、そのような事態になれば理沙も正気ではいられないだろう。それは、今後の理沙の行動にかかっている。
インタビューを終え、スマホを鞄に戻す理沙の横顔をみながら、この後、彼女が行くと言っていた地元の祭りで、どんな振る舞いに出るのかを想像した。彼女は、祭りに来ているだろうという、楽しく笑い合う豊の家族を初めて見たとき、どんな顔をするのだろうか。案外平常心でいられるのだろうか……。
理沙は、落ち着かなそうに、はにかみながらつぶやいた。
「きっと、奥さんを見ても、子供を見ても、心は動かないって自信はあるんです。奥さんを見つけたら、“同じ会社でお世話になってます”ってそれだけ言おうかなと(笑)。彼にちゃんと紹介してもらうつもりです。なんだったら、“お子さんの顔を毎日見てます。父親譲りのハンサムな子ですね”ってサラッと言ってみたり(笑)。いざとなると、何が起こるのか予想ができないですね。感情が揺れたりはないと思うんですけどね、多分……」
池袋駅の人ごみに消えていく理沙のシルエットを追いながら、セックスレスで冷え切った家族のその後に、ついつい思いを馳せてしまった。
<著者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。