午後6時半だ─。
「見て! 僕、全部食べたよ!」とうれしそうに空の食器を見せてくる男の子。持参した食事を食べている女の子に、「ちょうだい!」という男の子。2人の保育士の先生が優しく諭しながら食事の面倒を見ている。
午後8時半─。
パジャマに着替えた子どもたちが、先生が敷いてくれた布団で寝始めている。まだ起きていて、モソモソしている子も……。ベビーベッドの中にいる子もいる。
午後9時を過ぎたころ。
「いい子にしてた? ママ帰ってきたよ」と、穏やかな表情で保育士さんからわが子を受け取る女性。反対に、幼児を預けに来た女性も。
夜の託児所を必要とする人は多い
ここは新宿にある24時間・夜間対応の託児所『キッズパラダイス』だ。
「夜間は1日平均5〜10人ほどの子どもたちを預かります。月極めだけでなく、緊急の預かりにも対応しています」と話すのは園長の吉延舞さん。
「預けている親御さんの職種は本当にさまざまです。飲食店を営む自営業の方、従業員さん、夜間勤務の看護師さんやマスコミ関係など、多岐にわたります。昔から夜間の託児所を必要としている方は多いんです」
現在、夜間保育の現場にフォーカスを当てた『夜間もやってる保育園』(監督・大宮浩一)というドキュメンタリー映画が話題になっている。
夜間の認可外保育に対する風当たり
国が定めた認可基準(施設の広さ、保育士の職員数など)をクリアし、自治体に認められた認可保育所は、全国に2万5000施設ほどあるが“夜間もやっている”となると、その数は約80か所にまで激減。実に0・003%しか夜間対応の認可保育所は存在しないという実態がある。
そこで必要とされているのが、『キッズパラダイス』のような認可を受けていない認可外保育施設、いわゆるベビーホテルと呼ばれている託児施設だ。
ところが、「夜間の認可外保育所に対するイメージは、まだまだあまりよいとは言えないのが事実です。初めて利用される親御さんの中には、“本当に大丈夫なの?”と怪訝な顔をして質問してこられる方もいます」と吉延さんが語るように、夜間の認可外保育施設に対する世間の風当たりは、いまだ強いものがある。
その背景として、一部施設が劣悪な保育環境にあると報じられた際のベビーホテルの悪い印象や、「夜間に子どもを預けてまで働く親はいかがなものか」といった考え方が横たわっていることは否めない。
しかし、現代の日本社会が、夜を徹して働かざるをえない人たちによって回っていることも事実。われわれが夜中に飲食を楽しんだり、夜間救急で受診をすることができるのは、その時間帯に働いている人たちがいるからこそ成立している。
夜間も利用できる認可外保育施設(ベビーホテル)の数は、全国で1579か所(2016年時点)、入所児童数は 3万人以上という数字が物語るように、夜間保育所を必要としている人たちは後を絶たないのだ。
『キッズパラダイス』の近くで飲食店を営む男性は、
「妻と一緒に店を切り盛りしているので、休みの日以外は子どもを預けています。安心感があるので、仕事にも専念しやすい。認可外ではあるけれど、そのぶん融通がきくというか、保育士さんたちとコミュニケーションがとりやすい」
と語る。確かに認可外は割高かもしれない。だが、その一方で、自治体のルールに縛られる認可保育所にはまねできない利点もある。
時代に合わせて進化する託児所
「教育のプログラムがあったり、給食にこだわりがあるなど、それぞれに特色を持つ施設も多いです。うちでは、日本ライフカウンセリング協会認定の専門カウンセラーによる、子育てなどのカウンセリングができるようにしています。
また、ママさんたちが勤めている近隣の企業と提携し、一部料金を会社負担にするなど、認可外だから可能な取り組みを行っています」
吉延さんによれば、「近年、認可外保育所は待機児童問題の受け皿としても欠かせなくなってきている」という。現在、都内の待機児童数は8586人にのぼり(2017年4月時点)、「保育園落ちた 日本死ね」が流行語に選ばれたことは記憶に新しいだろう。
「うちはアクセスがいいため、朝は途中下車してお子さんを預けてから職場に向かうという方も珍しくありません。通えるエリアが限られる認可保育所と違って、他区の方も利用できる認可外保育所は、夜間だけでなく日中もセーフティーネットになっているんです」
時代の多様性に合わせて、進化しているのだ。
かつて夜間のキッズパラダイスに子どもを預けていたシングルマザーの女性は言う。
「不規則な生活で、かつ遠方に住む実家の親には頼れない。母親だけだと他の人より認可の保育所にもいくぶん預けやすいし、実家に帰って親にみてもらい地元で働く……という選択肢もあった。
でもそうしたら、収入の激減を受け入れなくてはならなかったし、仕事をあきらめなくてはならなかった。こちらに預けることができて、自分の人生を生きるのにも、どれだけ助けられたか。おかげで子どもはいま大学生です。
限られた時間だけ保育園で過ごして、その後、精神的にいっぱいいっぱいの親といるよりも、保育のプロと、同じ年ごろの子どもたちといるほうがずっといいと思います」
行政はまったく追いついていないが、働き方も、ひいては生き方もますます多様になっていく。認可外保育所が果たしている役割を軽視してはいけない。
「頑張っているのは私だけじゃないと思えた」(2児の母)
話題の映画『夜間もやってる保育園』の反響は?
「夜間保育園の存在をより多くの人に知ってもらい、夜間保育に対するネガティブなイメージを少しでも払拭したい」という、エイビイシイ保育園・片野清美園長の思いによって企画された本作品。
「乳幼児を連れた親子連れや若いカップル、保育士を志す学生や現役の保育士さんといった関係者はもちろん、子育てを終えた年代からも関心を示されている」(広報担当)という。
2児の母親は「この作品を見て“ああ、私だけじゃないんだ。みんな歯を食いしばって頑張ってるんだな”って勇気をもらいました」と感慨深げにコメント。
「認可の夜間保育園があることを、映画を見て初めて知りました」という人たちも少なくないだけに、本作が夜間保育、そして子育てに対するより深い理解への第一歩となることは間違いなさそうだ。
映画『夜間もやってる保育園』
監督:大宮浩一/企画:片野清美/配給:東風/2017年/111分 公式サイト:http://yakanhoiku-movie.com/ 全国順次公開中