米ハリウッドの大物プロデューサーによるセクハラや暴行が報じられたのをきっかけに、性暴力を告発する動きが世界中で広がっている。ツイッターで「私も(被害を受けた)」を意味する「#Me Too」を掲げて、連帯を表明する人たちも現れた。一方で、現実とかけ離れた「神話」は根強く残り、服装や言動を指して「被害者らしくない」と責める眼差しは、私たちの社会に広く蔓延している。性暴力とは? どのようにして起こり、なぜタブー視され、偏見がつきまとうのか? リアルな実態を通して、いま考える。
「性暴力」が生まれる社会のリアル
「下腹にズーンと鈍い痛みがある。12月が近づいてきたせいかもしれない」
西内みやびさん(40代=仮名)は、1年のうちでこの季節に毎年、体調を崩しやすい。悪夢を繰り返しみたり、寝汗に悩まされたりする。父から性暴力被害に遭っていたころの傷を身体が記憶しているからだ。しらふでいるのがつらくてアルコールにおぼれた。依存症の治療を始めて驚いた。
「クリニックに、性被害に遭ったことのある仲間があまりに多くて。女性も、男性もいます」
山下友里さん(30代=仮名)は最近、ニュースを見ないようにしていると明かす。性暴力に関する報道が相次いでいるからだ。
「すごいとは思うし、勇気づけられるところもあるけれど、単純にレイプされたのを思い出すからきつい」
被害から10年経って、ようやく「怖い」と口にできるようになった。被害について、聞かれてもいないのに誰彼かまわず話して回った時期もある。話しても話しても、気持ちが凍り付いて何も感じられなかった。
「いまは話す必要がなければ言わないし、安全な場所でなければ黙っている。自分を守れるようになった」
性暴力は、被害の体験も、そこからの生き延び方も多様だ。その実態を、さまざまな角度からみていこう。
性暴力のある日常とは?
性暴力と聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか。暗がりで、見知らぬ相手からレイプされる若い女性? 子どもを言葉巧みに誘い出し、連れ去ろうとする変質者? 日常と隔絶された特殊な被害を思い浮かべるかもしれないが、性暴力はすでに、あなたのすぐそばで起きている。
「特別な人に起きる、特別な事柄ではなく、年齢や性別、性的指向も問わない。例えば、痴漢。固定電話離れや携帯・スマホの普及、個人情報保護の推進によって多少は少なくなったかもしれませんが、“わいせつ電話”もそう。いじめのなかで起きる場合もある。スカートめくり、ズボンやパンツを引きずりおろすこと。殴る、蹴るの延長線上で、服を脱がしたり、性器を触ったりすることも性暴力です」
そう教えてくれたのは、レイプクライシス・ネットワーク代表の岡田実穂さん。お互いに同意のない性的言動は、すべて性暴力だと指摘する。右に挙げたのは、ほんの一例だ。
これほどありふれた暴力であるにもかかわらず、
「いろんなアンケートを見ても、自分が性暴力の被害に遭ったと認識されている方はすごく少ない。被害を言葉にできていません」(岡田さん、以下同)
セクハラのように、会社の上司など力関係に差がある状況を背景にして、被害が生じることも珍しくない。
「一方が嫌とは言えない状況や、フラットに話し合えない関係というのは、バランスが悪いですよね。そうしたパワーバランスが悪い状態のなかで、性を使って相手を支配するのが性暴力。特に日本社会では、性を隠さなければいけないものとされ、また個人的な問題とされがちですから、被害に遭っても周囲に話しにくく、表面化しづらい。そこに加害者は付け込みます」
夫婦や恋人、パートナーから被害を受けることも。
「いわゆるDVのことです。DVとは、身体的、精神的、社会的、性的暴力の4つに大きく分けられます。このうちどれか1つだけが起きるのではなく、さまざまな形態の暴力が起きて、重層化していくことのほうが多い。DVでの性的な暴力とは、義務的にセックスをさせられることもあれば、レイプのような形で起きることもあります」
DVの難しい点は、パートナーとの間に起きるため公になりにくいことだ。
「家族の問題だからと家の中だけにとどめようとしてしまう。暴力は、より親密な関係のなかで深刻化しやすく、外に出にくいのです」
上司や家族など、顔も人柄もよく知る相手と、性暴力の残酷なイメージが重ならない人もなかにはいるだろう。しかし実態は、警察庁の統計によれば、強姦被害の加害者は約半数が「顔見知り」だ。
また性暴力は、社会的に弱い立場に置かれた人ほど、被害を受けやすい傾向にある。岡田さんによると、パートナー間での暴力被害についての海外調査で、異性愛者の被害は3人に1人だったのに対し、レズビアンは44%、バイセクシャルの女性は61%がパートナーからのレイプやストーカー、身体的暴力の被害に遭っていたという。
日本の被害状況はどうか。法務省によれば、2015年度の性犯罪の認知件数は強姦1167件、強制わいせつ6755件。ところが、法務省・法務総合研究所の犯罪被害者(暗数)実態調査では、警察に被害を届け出た人はわずか13.3%にすぎない(’13年)。
「そもそも日本では、性暴力被害の実態が把握されていません。調査対象は女性だけで、男性は含まれていないのです」
社会に浸透する「レイプ神話」
今年7月、刑法の性犯罪規定が110年ぶりに改正され、強姦罪は強制性交等罪に名称が変わり、男性も対象に含まれるように。また、被害者の告訴がなくても加害者を起訴できる。
●起訴の条件
改正前:被害者の告訴が必要
→改正後:被害者の告訴は不要
●被害者
改正前:女性
→改正後:男性を含める
●罪名と法定刑の下限
改正前:強姦罪/懲役3年以上
→改正後:強制性交等罪/懲役5年以上
改正前:強姦致死傷罪/懲役5年以上
→改正後:強制性交等致死傷罪/懲役6年以上
●そのほか
改正前:2人以上で強姦した場合に懲役4年以上とする集団強姦罪
→改正後:廃止
※新設:親などの「監護者」が18歳未満への性的行為をすれば暴行や脅迫がなくても罰する監護者性交等罪、監護者わいせつ罪を新設
詳しい変更点とポイントは上の表のとおり。岡田さんは、
「これまで法的に被害者ではないとされてきた男性が対象となった点について、一定の評価ができるけれど、これで事足りるかといえば別問題」と指摘する。
「陰茎の挿入のみを性犯罪とするという趣旨は変わっていません。明治時代にいまの刑法が作られたときの考え、男性の血統を守るためという発想が抜けていない。強制性交等罪という名前は性交をイメージさせる。性暴力を、性暴力と思えない人が多い社会のなかで、性交の罪であるかのような印象を与えてしまう。性暴力は支配の問題で、セックスの話ではないんです」
今回の法改正では、「相手の抵抗を著しく困難にするほどの暴行や脅迫」を用いた場合に限り、加害者を処罰できるとする『暴行・脅迫要件』も残っている。
「性行為に同意しなかったことの証明を被害者にさせるのではなく、加害者に、いかにして同意を取りつけたかを証明させるよう変えていくこと。まずは3年後の見直しに向けて訴えていきたいですね。110年ぶりの改正という動きをここで終わらせないように」
被害者の落ち度を査定するかのように重視する見方は、この社会に浸透している。「露出の多い服を着ていたから被害に遭う」「本当に嫌だったら抵抗したはず」などの偏見はあとを絶たない。また、「痴情のもつれ」「男性はどんなセックスも喜ぶはずだから、女性のようには傷つかない」といった思い込みも根強い。これらはすべて『レイプ神話』と呼ばれるものだ。
岡田さんは、これらの神話を「服装や行動いかんにかかわらず性暴力被害は起きます、加害者がいる限り」と、ばっさり切り捨てる。
「例えば、被害に遭って抵抗できなかったのは、本当に嫌だから余裕をなくしていた可能性もある。被害に遭ったとき、多くの人が恐怖でフリーズしてしまうことはよく知られています。レイプ神話を突きつめれば、家にいろ、となる。実際の被害状況を見れば、かなり多くの被害が、安全と思い込まれている“家の中”で発生しているわけですから。家を守る制度のなかで培われた物言いを、いまも続けているにすぎないのでは?」
性暴力被害者が置かれる状況はさまざまだ。
「被害に遭ったことを理由とした社会的な生きづらさは、多岐にわたります。例えば、仕事ができなくなりハローワークへ行くように言われたら、そこでもレイプされたと話さなくてはならないのか。国は1つの窓口で支援を受けられるワンストップ・センターの増設を目指していますが、本来であれば、性暴力サバイバーがいるという前提のなかで、さまざまな社会資源を提供できるシステムが必要。医療的なサポートを受けたい人、警察や弁護士を望む人、個別にタイムリーな支援が求められています」
加害者にも「強姦神話」適用
性暴力をめぐり、前述のとおり“被害者にも落ち度がある”といった『レイプ神話』がまことしやかに喧伝されてきた。加害者についても同じで、「性欲が非常に強い」「異常者」などのイメージが広く社会に浸透している。警察や裁判所も例外ではない。
大阪府立大学の客員研究員で、性暴力加害者の研究を行う牧野雅子さんが指摘する。
「“性犯罪は性欲によって起こる”という前提で、加害者の取り調べ、供述調書の作成が行われています。妻とのセックスは週に何回か? 満足しているのか? 性欲は強いほうか? などと尋ねて、性的に欲求不満であったことを聞きだす。妻を呼んで、夜の生活はどうなっているのかと聞くケースもよくあります」
これらは犯行動機を調べて立証するために行うものだが、加害者が語りだすより前に、警察の手で“加害行為をふるった原因は「性欲」”というストーリーが作られているかのようだ。
「何を聞くか、どう取り調べるかについては、捜査の参考書のような本があり、そこにも“早いうちに性的欲求不満だったということを調書にしておく”などと書かれています」(牧野さん、以下同)
性欲のほかに、「本能」という言葉が使われることも多い。牧野さんの著書『刑事司法とジェンダー』には、現職の警察官が起こした連続強姦事件が事例として登場する。その供述調書は、例えばこんな具合だ。
《夜一人歩きをする若い女性を見つけては、本能のまま女性の後をつけ(略)》
《本能のまま、若い女性が一人で住むマンションアパートがないか物色》
《本能のまま、この部屋に忍び込めるかと(中略)窓の状態を確かめて》
《本能のまま運転席から後部荷台の女性のところまで移動し》
本能とは本来、動物が生まれながらに持っている性質を指す言葉だが、部屋の物色や侵入、座席の移動といった行為を「本能」で説明するには無理がある。なにより加害者は、目隠しや脅すための道具を事前に用意し、身元がバレないようナンバープレートの偽装工作をするなど犯行は計画的で、それを自ら認めているのだ。明らかに「本能」と矛盾している。
「性欲という言葉は、警察の取り調べだけでなく、検察や裁判所でも使われていますが、おそらくしっかりとした定義はありません。その場で都合よく、幅広い意味で使われます。明治に近代司法が始まったときから、司法は性欲原因説で動いていて、それに合わせて取り調べや調書を作り、流れ作業のように処理している。レイプ神話に毒されたまま、いろいろなことが進められてしまっています」
あらかじめ作られたストーリーに合致する供述だけが採用されるため、加害者の発言をわざと見過ごし、調書に書かないことも珍しくない。
「先述した加害者の強姦事件で、1件だけ未遂に終わったケースがありました。調書を見ると、被害者が抵抗した事実が記されずに、加害者が人間らしい“情け心”を起こして、自発的にやめたという書き方になっていました。これでは裁判で、加害者に有利に働くおそれもあります」
警察の性暴力への認識が反映された取り調べ
なぜこのような取り調べになってしまうのか? 牧野さんは、取調官と被疑者の間に生じる「独特な人間関係」も大きいという。
「長時間にわたり密に接するうえ、取調官はテクニックをたくさん持ち、立場も上ですから、その権力を利用して独特の心理状態に持ち込める。被疑者は言われたとおりに供述したり、ついウケのいいことを言ってしまったりする。すると取調官も加害者がかわいくなる」
裁判では、このようにして作られた供述調書が重視され、そのまま証拠として採用されることも多い。
「例えば裁判やニュースを通して、性犯罪は性欲が原因という誤った認識が広がってしまうと、男は性欲を抑えられないんだから女は刺激しちゃいけない、自衛しなさいとなる。性欲だからしかたないんだと、加害者を擁護することにもなってしまいます」
性犯罪の予防を呼びかけるとき、被害を受けるかもしれない側にばかり自衛を促す考えは根強い。
「警察の性暴力への認識が反映されている。加害者には、性欲が動機かのような取り調べとして表れるし、被害者に関しては、落ち度を探るとか、自衛しなさいよといった形で出てくる」
下の写真は、盗撮被害への注意を呼びかける防犯ポスター。“隙があるから被害に遭う”というレイプ神話が反映されている。
「夜道のひとり歩きをやめましょうとか、挑発的な服装をやめましょうとか、性犯罪防止対策とは基本的に女性が行動を制限されることばかり。女性自身が自衛のため知っておくことはいいけれど、マナーやたしなみであるかのように公的機関から強要されるのは話が違います。例えば、なぜ戸締まりをするかというと、自分の空間を安全なものにして自由に生活するため。自由を確保するという目的から性犯罪対策を作れば、もっと違うものになるはずです」
そもそも加害者がいなければ、被害者も生まれようがない。
「被害者の支援や、加害者の再犯防止プログラムのような、当事者に目を向けた対策が必要なことは言うまでもありません。でも、長い目で見ることになりますが、加害者を生まない社会を作るにはどうしたらいいか、それを考えることも必要です」
◎性暴力被害の相談先
レイプクライシス・ネットワーク
性別、性的指向にかかわらず性暴力被害の支援を行う。
個別相談 rc-net@goo.jp
電話相談(性と人権相談)TEL017−722−3635 ※毎週木曜16時〜22時