性犯罪の加害者に対する再犯防止対策として、「認知の歪み」に注目したプログラムが実施されている。その実際の効果と、出所後の課題について問う。
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弁護士「わいせつな行為について同意があったのか」
被告人「同意はない。私の見当違いだった」
弁護人「なぜ“触っても大丈夫”と思ったのか?」
被告人「喜んでいるとの印象だった。“この子なら大丈夫”と思ってしまった」
これは、ある強制わいせつ事件の裁判での被告人尋問だ。何をしたのかも重要だが、なぜしたのかを考えさせて、被害者の心情を想像することは大切だ。
この被告人は、医療機関で再犯防止を目的とするプログラムを受けていた。だが、刑事手続きの段階で再犯防止プログラムを受けるのは、NPOや医療機関につながった一部の者だけだ。
刑法改正で性犯罪の要件が変わり、加害者に厳しいものになったが、再犯防止はいかになされるべきか。
法務省は’06年5月から、刑事施設内で性犯罪の加害者に対し、再犯しないことを目的としたプログラムを課している。’04年11月、奈良市内で起きた、わいせつ目的での女児誘拐殺人事件がきっかけ。小林薫死刑囚(執行ずみ)は幼児への強制わいせつの前科があったためだ。
「それまでも刑事施設ごとに試行錯誤してきましたが、カナダなどを参考に、認知行動療法をベースに指導するようになりました」(矯正局成人矯正課)
性犯罪は独特の偏った考え方(認知の歪み)に由来するとされるため、加害者の内面に働きかける。それが認知行動療法だ。
メインの科目は、自身が起こした事件につながった要因を分析、再犯しないための「セルフ・マネージメント・プラン」(自己管理計画)。これをもとに「認知の歪み」を考える。
数字が裏づける加害者更生の効果
性犯罪の場合、加害者にとって都合のよい思考パターンがもとになっていることがある。例えば女性が拒否をしていても「嫌よ、嫌よも好きのうち」などととらえてたり、2人きりで部屋に入ったら、性行為も同意したと思い込んだりする。
親密な間柄であっても、性暴力に結びつかない関係になるように、対人関係の築き方を学ぶ時間もある。また性犯罪の背景にはストレス要因があるため、悲しみや怒りといった感情を統制する訓練もしていく。
さらに、リスクが高い受刑者には、被害者の心情を理解するプログラムが用意されている。
「被害者の手記を読みます。こうしたプログラムは薬物や暴力の事犯でも取り入れていますが、性犯罪でも効果があります」(成人矯正課、以下同)
これは全国19施設で実施され、受刑者の必要なタイミングで受講する。期間は3段階に分けられ、リスクが最も高い場合は8か月、最も低い場合でも3か月といった具合だ。
「(刑罰の重さなど)罪名だけに再犯のリスクが表れるわけではありません。事件ごとに、個別に判断したり、加害者の生活歴を考慮したりします」
再犯抑止効果は数字にも表れている。プログラム受講者の再犯に関する報告書(’12年)によると、出所者2147人のうち、受講人数は約半数の1198人。3年以内の、性犯罪以外も含める再犯者は423人。性犯罪のみの再犯は224人で、およそ1割だ。
「再犯した場合、再度プログラムを受けることになりますが、焼き直しは意味がないため、不足している部分を重点的に行います」
仮釈放や保護観察期間の場合はどうか。仮釈放の期間が3か月以上なら受講義務がある。保護観察中の者を含み、2週間に1度、5回のセッションを行う。刑務所内と違いリスクの程度にかかわらず同じ内容だ。
「刑務所内で受けてきたという人もいますが、所内には被害対象となる女性がいません。机上で考えていることと、生活の中でコントロールできることは別です」(保護局監察課)
受講の結果、再犯率(最長4年以内)にも改善が見られるという。法務省の分析(’12年)によると、仮釈放者の再犯率は、受講者では22.6%と、受講していない場合の30%を下回った。保護観察付き執行猶予者でも、受講者は22%で、受講していない場合の35.6%を下回っている。
「全体の再犯率より低いですが、ゼロではありません。一生を通じて再犯しないことが目標です」(監察課)
東京保護観察所は法務省の建物内にある。性犯罪者処遇プログラムの受講は、刑務所から仮釈放になった人、保護観察付き執行猶予中の者などが対象。各回のプログラムは3〜4人のグループで行われる。プログラムを実施する保護観察官は、男性と女性の2人だ。
「1回目は個別面接をします。事件前後のことを細かく聞くことで、性犯罪に至るパターンがあり、単に性欲が抑えられずに衝動的に突然に事件を起こしたのではなく、事件に至るまでに段階があることに気づきます。それから4回はグループで、そのパターンに至らないようにするため、段階ごとの対処方法を考えていきます」(担当者、以下同)
性欲自体が悪いわけではなく、日常のストレスを性的なことで発散することが事件につながる。どのような認知や行動が犯罪につながっていたかを受講者自身に考えさせ、変えることで事件を防いでいく。
「例えば、“強引に誘えば女性は受け入れる”という認知で事件を起こした人がいたとします。そうした人は、“強引に誘うと女性は嫌がる”と真逆の認知をすぐに受け入れることは難しい。それは本当なのか問いかけたり、“受け入れる女性もいるかもしれないが、すべての女性が嫌がらないわけではない”と別の可能性を何度も考えさせたり、本人が受け入れられる範囲を探っていき、望ましい対処方法につなげていきます」
保護観察では、仕事を探して生活を安定させていく指導をしたり、地域のボランティア活動(社会貢献活動)に参加させたりすることで犯罪を繰り返さなくなった人もいる。
「ボランティアを通じて人間関係の輪が広がり、行動が変わりました。保護観察所はきっかけを作ったかもしれませんが、自ら活動に参加して世界を広げたのはその人自身です」
刑期を終えても、プログラムを継続することが重要
保護観察所のプログラムは短い。受講後も効果を維持させるのが課題だ。出所後、自身の行動を見つめていくかも問われる。
「都内某所の更生保護施設には性犯罪の加害者も入所しています。そこで専門のプログラムを行っていますが、なかなか医療機関にはつながりません」
そう話すのは、大森榎本クリニックで精神保健福祉士・社会福祉士を務める斉藤章佳さんだ。
「更生保護施設にいる人の関心は就労です。希望者はクリニックにつながりますが、施設からつながった人は非常に少ない」(斉藤さん、以下同)
同クリニックで、希望者に対して性犯罪者の「地域トリートメント」を始めたのは’12年前。去年の年末までに延べ1116人が受診したが、1回の受診で半分以上は来なくなる。3年以上の長期定着群は32人。
「保険証を持って、医療費を払い続けるには動機づけが必要です」
受診後の定着率を上げるにはどうすればいいのか。
「加害者家族がクリニックの家族支援グループとつながると定着率が高い。家族へのサポートを強化する必要があります」
クリニックでは、更生保護施設のプログラムのほか、グループワークをしたり、リスクマネジメントプラン(RMP)を作成したりする。受刑者との手紙のやりとり、被害者の体験談を聞くプログラムもある。自身の問題を整理し、再発防止のためのスキルも磨く。
裁判前に刑事手続きの段階から介入する「司法サポートプログラム」もある。斉藤さんは年10回ほど性犯罪の裁判に出廷、冒頭の裁判でも証人として証言した。
RMPはクリニックに来て作成するが、同プログラムでは斉藤さんが警察署や拘置所、刑務所にも足を運ぶ。加えて手紙のやりとりで、犯行のパターン、認知の歪みを洗い出す。
再犯しないためには、刑期を終えても、医療機関とつながりプログラムを継続することが重要。だが現在は、あくまでも加害当事者の意思に任されている。経済的な事情も左右する。加害者を生み出さない取り組みの強化が求められる。
◎取材・文/渋井哲也
ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、いじめ問題などを中心に取材。近著に『命を救えなかった─釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)
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